遠隔操作型ロボットの通信プロトコルを共通化し、相互運用を実現

~米国の研究者らがプロジェクトを先導


 米国のワシントン大学バイオロボティクス研究所と非営利独立研究機関のSRIインターナショナルが中心となり、手術用ロボットなどを遠隔操作するための通信プロトコルを国際的に共通化しようという動きがある。ロボットとその制御装置の種類やメーカーによらず、世界のどこからでもインターネットを通じて相互運用を可能にするのがゴールだ。新たな通信プロトコルを提唱しており、このほど世界各地の研究機関の協力を得て新プロトコルの実証試験を実施した。

 新プロトコルの名前は「Interoperable Telesurgical Protocol(ITP)」。ワシントン大学のブレイク・ハナフォード教授とSRIの医療システム・テレロボティクスプログラムのディレクター、トム・ロウ氏が共同で策定した。近年、高度な手術用ロボットと遠隔操作システムの開発が各地で進んでいるが、多くはマスター(遠隔操作制御装置)とスレーブ(ロボット)が1対1で対応している。これはパソコンの世界に置き換えれば、2台のパソコンがパラレルケーブルで接続されているような状態だ。インターネットの共通プロトコルによって世界中のパソコンが自由につながったように、ITPによって異種のロボット遠隔操作システムを相互運用する道を開きたい、というのが同教授らの考え方だ。

 さまざまなシステムの相互運用が可能になれば、「世界各地の研究者が独自に開発したマスターとスレーブをつなげて最適の組み合わせを見つけるなど、比較実験が容易になる」とロウ氏は共通プロトコルのメリットについて説明する。

ロボット遠隔操作のプロトコル共通化の意義について説明するSRIのトム・ロウ氏SRIが開発した最先端の手術用ロボット「M7」の操作デモをするロウ氏

 ITPの暫定仕様はここに記述されているが、ロボットの制御に「絶対位置(absolute position)」ではなく、「増分移動(incremental motion)」を使うのが大きな特徴だ。例えば手術用鉗子ロボットならば、先端部分をある点からある点まで移動させるという指令ではなく、位置と姿勢の微小な変位量を少しずつ伝達する。こうすることによって、スレーブを動かさずにマスターの位置を変えたり、スレーブを全く別のマスターにつなぎ直して操作を再開したりといったことが容易になる。また、「万が一、操作中に少量のデータ損失が起きても、重大な事故を防ぐことができる」(ロウ氏)。

 ITPは新しいパケットの種類を指定することで、双方向の遠隔操作システムの制御方法である「wave variable transformation」などのアーキテクチャに応用できる利点もある。

 ワシントン大学の研究グループはこの新しいプロトコルを試すため、ロボットの遠隔操作や手術用ロボットの分野で先端的な研究に取り組む米国と日本、韓国、英国、ドイツの研究機関に呼び掛け、共同で手術用ロボットの遠隔操作の相互運用実験を実施した。ワシントン大学とSRIを含めこれら9つの研究機関には合計8つのマスターと6つのスレーブがあり、48種類の組み合わせが可能だったが、このうち時差が9時間以内の場所にある研究所同士の組み合わせに限り、24時間以内に30種類の接続実験を行なった。日本からは東京工業大学精密工学研究所の香川・川嶋研究室が参加した。

 相互運用実験で行なうタスクはいくつかに分かれた。一つはロボットを使った内視鏡手術の評価実験において一般的に使われる道具で、小さなプラスチックのブロックをボードの片側から片方の手で取り上げ、それをもう一方の手に持ち替えてからボードの反対側に移動させるというもの。10分間で移動できるブロックの数を数えた。一方、手術用ではない大型の遠隔操作ロボットは、もっと大きなブロックを動かすタスクを行なった。また、手術用マスターを高度な手術のシミュレーション・システムにつなげる実験もした。

相互運用実験で使われた道具【動画】ロウ氏がSRIで、手術用ロボット「M7」のデモをしてくれた。相互運用実験当日の映像はここで見ることができる実験当日のロウ氏、画面にはカリフォルニア大学サンタクルーズ校の研究者が着用型ロボットで遠隔操作している様子が見える(写真提供:SRIインターナショナル)

 ワシントン大学の博士課程に在籍し、今回の実験を取りまとめたホークアイ・キング氏によると、30の接続実験のうち28が成功した。「参加者全員にとって、それぞれが独自開発したシステムが無理なくつながることが分かったのはうれしい驚きだった」と言う。ただ、マスターとスレーブの先端姿勢の対応付けがうまく行かないことがあり、その場合はスレーブの先端位置のみの制御に切り替えた。また、マスターが送るパケット・レートがスレーブ側で期待しているものと大きくかけ離れた場合も問題が発生した。しかし、全体的に実験は大成功に終わり、特に「手術用ロボットのシミュレーション・システムや(カリフォルニア大学サンタクルーズ校の)着用型ロボット(exoskeleton)といった新しい技術もスムーズに接続できた点には興奮した」(ハナフォード教授)と言う。

【動画】SRIが開発した3次元画像、フォースフィードバックを活用するマスター・システムを使って手術用ロボット「MR7」を操作するロウ氏。今回の相互運用実験は2次元画像しか用いることができなかったため、SRIのマスターは使われなかった

 今回の実験結果は米国電気電子学会(IEEE)が主催するロボット分野の主要国際会議、2010年の「ICRA(International Conference on Robotics and Automation)」で発表する予定だ。

 米国では戦地で負傷した兵士を、ロボットを使って遠隔から治療する構想があり、研究開発も進んでいるが、法的規制などの問題から実際にはまだ遠距離の遠隔操作手術は行なわれていない。SRIのロウ氏は「まだ揺らん期の分野だが、新しいプロトコルを広く告知し、今後はもっと実験を積み重ねたい」と話している。また、今回の実験は画像転送にスカイプを用い、2次元画像を扱うマスターしか使えなかったが、今後は3次元のマスターやフォースフィードバックも活用できるよう、SRIでは新しいソフトウエアの開発に取り組むとしている。


(影木准子)

2009/10/23 15:58