「ZIGZAG伝統革新 未来を走るイタリア展」レポート
~都市型多目的車両のプロトタイプやイタリア宇宙機関ASIのロケット、火星探査ローバーなどが展示
館長の毛利衛氏(左から1人目)らによるテープカット |
「日本におけるイタリア2009・秋」イベントの主要プログラムのひとつとして、先端テクノロジーに関する展示会「ZIGZAG伝統革新 未来を走るイタリア展」が、日本科学未来館で10月17日まで開催された。主催はイタリア経済発展省とイタリア貿易振興会。初日の9月24日の午前中には、同館館長の毛利衛氏、駐日イタリア大使ヴィンチェンツォ・ペトローネ氏らが出席したオープニングセレモニーも実施。航空宇宙、クルマなどのメカものの展示を中心に、同展示会の模様をお届けする。
●ファッションや芸術だけの国ではないイタリア
イタリアというと、ファッションとか芸術、おいしい料理といったイメージが強く、また観光名所が多いといったものもあるだろう。またイタリア人といえば、どんなに忙しくても豪華な三食と午睡は抜かないとか、男性はみな女性に対してベッドに誘わないと失礼だと思っているとか(笑)、もちろん誇張されているのだろうが、日本人とは対極的なイメージがある国民性である。精密機械とか重工業といったイメージとはそぐわない感じだが、よくよく考えてみたら、そんなことはない。まずクルマだが、今回同展に展示されていたマセラティやフィアットを初め、フェラーリ、ランボルギーニ、アルファ・ロメオなどなど、大衆車から超高級スーパーカーまで個性的な自動車メーカーがいくつもある。宇宙産業や造船業も活発だし、今回はイメージの問題と思われるが(テーマの点でも異なるし)、銃火器メーカーのベレッタだってイタリアのメーカーだ。そんなイタリアのさまざまな分野の先端技術を文化と融合させながら「モビリティ」をテーマとして紹介したのが、今回の展示会というわけだ。イタリアのエミリア・ロマーニャ州、ラツィオ州、ロンバルディア州、ピエモンテ州、プーリア州の協賛を得て、同国を代表する革新的な製品や技術など68点が展示された。
展示は、日本科学未来館1階の企画展示ゾーンで行なわれ、複数のエリアに分かれている。入口から入ってすぐ右手にあるのが「旅」。正面左手には「オートバイ」と「自転車」がある。そこから振り向くと、「地下鉄と鉄道」。そのすぐ先には左側の壁に沿って「自動車(ハイブリッドカーとエコロジーカー)」のエリアが最も広く取られている。そのエリアの途中で右手を向くと、「部品とアクセサリー」、その奥の右手の壁沿いには「メカトロニクス」。「部品とアクセサリー」の正面には「自動車アシスタンスサービス」がある。一方、左側の壁の「自動車」のエリアが終わった辺りには、「レジャー船舶」。そこから反対の右側の壁を見ると、「航空(飛行機とヘリコプター)」があり、その前にあるのが「航空宇宙(宇宙開発や探査)」となっている。
そして最後は、100年前にスタートした「未来主義」と呼ばれるイタリアの芸術運動の最も重要な芸術家であったウンベルト・ボッチョーニの彫刻「空間における連続性の唯一の形態」がデジタル映像を背景に用いる形で展示されている。その両脇を固めているのが、デザイン工房のイタルデザイン・ジュジャーロの4輪駆動スーパースポーツエコロジーカーのコンセプトモデル「ジュジャーロ クアランタ」と、マセラティの市販スポーツカー「グラン ツーリスモ S オートマティック」の2台だ。特にジュジャーロ クアランタは、1960~1970年代ぐらいのSFものの映画やドラマに出てきそうな昔の「未来的」でいながら、00年代風に細部が処理されており、「カッコいい!」のひと言。トヨタのハイブリッド・システム(3300ccのV6ガソリンエンジン+2個のモーター)を搭載し、さらにソーラーシステムも組み込んでおり、燃料消費量と二酸化炭素排出量は4気筒エンジンと同等ながら、V8エンジンに相当する動力を有した1台となっている。
●最もメカニカル感あふれていたのは都市型多目的車両のプロトタイプHOST
それでは、Robot Watch(記者)的に気になる展示物をいくつか選んで紹介しよう。まずは、自動車エリアから。今回は先に挙げたコンセプトカーのほかにも、開発中の車両が複数展示していた。中でも、Robot Watchの読者なら間違いなくビンビン感じるものがあるであろうという車両が、都市型多目的車両のプロトタイプ「HOST」(Human Oriented Sustainable Transport:人に優しい、持続可能な輸送手段)だ。詳細は後述するが、モジュール構造を採用した車両なので、そのフレームということらしい。「Sustainable」が示すように、プラグイン・ハイブリッドを動力源としており、環境に配慮した車両となっている。イタリアを筆頭に、スウェーデン、ポルトガル、オーストリア、イギリス、フランスなどの大学や企業など9組織が参画するコンソーシアムが開発を行なっている。もう、記者の場合、「都市型多目的車両」と「プロトタイプ」という2つの単語だけでクラっと来る。展示車両は内部構造がむき出し、ケーブル類もはいまくりで、車両というよりはまさにメカという感じ。人前じゃなかったらヨダレが垂れていたかもしれないというほどであった(笑)。
同車の特徴は、まず1つ目が前述したようにモジュール構造を採用していること。用途に合わせて展示車両のカーシェアリング用のシティコミューターから、コレクティブ(乗り合い)・タクシー、ゴミ収集車、トラックなどモジュールの付け替えで4種類の形態を取れるようになっている。なお、コレクティブ・タクシーとゴミ収集車、トラックはタイヤも後ろに2輪足して、6輪車となる形だ。また、タイヤをそれぞれ90度真横にすることもできる。それにより、左右への平行移動も可能。縦列駐車も余裕で駐められるし、今までは通れなかったような狭い街路の90度ターンの先にも進めるというわけだ。さらに前2輪がハの字、後ろ2輪を逆ハの字にすることで、車体の中心を回転軸として、その場でクルクルと旋回することも可能である。さらに、ステアリングも特徴的で、ヒューマン・マシン・インターフェイスを採用している。中央にモニターがあり、左右のグリップを回転させることでタイヤ4輪の向きをコントロールし、引くことでブレーキをかける仕組みだ。タイヤはイタ車(痛い方ではない)らしく、タイヤもイタリアのピレリ社製となっている。ちなみに、イタリア語で「都市型多目的車両のプロトタイプ」は、「prototipo di veicolo urbano muliti-uso」と書く。結構英語と近いものがあって、先祖をたどるとどちらもラテン語が入っていたりするので、やはり言語として親戚だということを感じたりもする。
モジュール構造を採用しており、用途に合わせてクルマのタイプを変えられる仕組みだ(配付資料より) | 4タイプのイメージCG。左からカーシェアリング用、タクシー、ゴミ収集車、トラック(配付資料より) | タイヤが90度真横に向くので左右への平行移動が可能。その場旋回も行なえる(配付資料より) |
ステアリング。おなじみの円形ではない | ステアリングにはヒューマン・マシン・インターフェイスを採用している(配付資料より) |
また、自動車エリアでは、エコロジー車いす「H-ERGO」とエコロジーカー「H-DUE」も展示された。どちらもトリノ市商工会議所およびトリノ工科大学で開発されている。要は、電動車いすやセニアカート的な位置づけの車両だが、イタリアらしいデザインを重視した設計となっている。H-ERGOは、450Wの出力の前2輪駆動で、最高速度は時速19km/h。水素燃料バッテリと連続方式で接続されている3個の鉛ゲルバッテリが動力だ。1回の充電で約2時間の走行が可能となっている。一方のH-DUEは、駆動輪が前2輪駆動。水素燃料電池によってチャージされるバッテリが動力源で、1回の充電で約2時間の走行が可能だ。最高速度は時速20km/hとなっている。製造材料にリサイクル素材用いている点もポイント。
イタリアでは電気自動車(EV)の利用が進んでおり、そうした電気自動車やハイブリッドカーの実験車両も展示されていた。今回はミクロ・ヴェット社が、フィアット「キューボ」を改造したEVを展示。1回の充電で走れる距離は約145kmで、最高速度は時速100km/h。専用充電装置を使用した場合の充電時間は30分ほどで、イタリアの通常の230Vコンセントだと8時間ほどかかる。ちなみに、イタリア語で電気自動車のことは、「elettrica」と書く。
フィアット「キューボ」を改造したミクロ・ヴェット製EV | キューボのリアビュー | 市販車をそのまま改造しているので、車内は普通に乗用車のもの |
さらにエコ系の1台が、ピエモンテ州、環境パーク、フィアット研究センター、トリノ工科大学の4組織が共同開発をしているシティーカー「フィラ」。EVの一種なのだが、ソーラーパネルも装備しており、日照量が十分であれば1日に約18km分の走行可能な電気を生み出す。バッテリの充電時間は4~5時間で、1回の充電で走れる距離は約200km。始動から6秒で時速50km/hに達し、最高速度は時速130km/hを出せる性能を有している。ちなみに、フィラはPhyllaと書くのだが、ギリシャ語で「葉」という意味。
「フィラ」。展示車両はおそらく実機ではない模様 | とてもコンパクトで、リアビューは左右非対称のデザインなのが特徴。 | 真横から。ドア部分にもソーラーパネルがある。コンパクトでトヨタ「iQ」のようなイメージ |
「ビッツァッリーニ P538」は、ハイブリッドのプロトタイプ・スポーツカー。ポーモス・サステイナビリティ・モビリティ・センター、ビッツァッリーニ・チームが開発と運営を行なっている。リチウムポリマー電池とKERS(Kinetic Energy Recovery System:運動エネルギー回生システム)を利用したモーター、直噴ガソリンエンジンを持った、パラレルプラグイン式なのが特徴。出力は275馬力で、車重は900kg、最高速度は時速238km/h。電気エネルギーのみでの1回の充電での走行距離は20kmとなっている。デザイン的にヒストリックな感じがするのは、同名のヒストリックカーをモデルにしているため。
ビッツァッリーニ P538。現代のクルマにはない流麗なフォルムが特徴 | リアから見てもクラシックなスーパーカーな趣 | コックピット内は非常にシンプル。ハイブリッドだからといって特にスイッチ類が多数設けられてはいない |
●ASIを中心にしたイタリアの航空宇宙産業
続いては、イタリアの航空宇宙産業を紹介。イタリアには、公的な宇宙機関としてASI(Agenzia Spaziale Italiana:イタリア宇宙機関)が存在する。設立は1988年で、現在は17カ国が参加するESA(European Space Agency:欧州宇宙機関)にも当然加わっており、拠出額では第3位と、ヨーロッパの宇宙開発や探査を牽引する機関だ。NASAや日本のJAXAとも協力関係にある。なお、今回紹介するロケットや着陸機などは、ESA内に公式サイトが用意されており、そこにミッションをイメージしたCGやムービーなども用意されているので、興味がある方は見てみよう。どの機体の公式サイトでも、左側のメニュー内に「ギャラリー」という項目があるので、それを選べば見られるはずだ。
宇宙産業エリアで目立つのは、直立しているロケット「ベガ」の1/15スケールモデルだろう。ESAが2010年の初打ち上げを予定して開発を進めている無人(人工衛星用)ロケットだ。小型衛星を安価で打ち上げることを目的としており、高さ30m、直径3m、発射時の重量は137tというスペックで、地上700kmの軌道上まで1.5tの重量物を運ぶことが可能だ。ちなみにベガは日本のH-IIBと比べると小型で、中型の部類に入る。参考までにH-IIBのスペックを記すと、全長56.6m、第1段ロケットの外径で5.2m、重量が531t、打ち上げ能力はHTV軌道(約350~460km)で約16.5t、静止トランスファ軌道(約3万6,000km)で約8tとなっている。ベガの開発費は3億3,500万ユーロで、その内の65%をELV社(ASIが30%、イタリアに本拠を置く重工業の大手アーヴィオ社が70%出資して設立)が担当している(残りはESAやASIなど)。エンジンの開発は、アーヴィオが行なっており、ESAのロケットとはいえ、かなりイタリア色の強い形だ。ちなみにベガの名は、七夕の織り姫星として知られること座のα星から取られている。
ベガの1/15スケールモデル。中型ロケットである | ベガのイメージ。公式サイトでもこうした画像を見られる |
さらに、ESAが2004年に打ち上げ、2014年にチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の本体に接近を予定している3t級の彗星探査機「ロゼッタ」が搭載している着陸機「フィラエ」の1/2スケールモデルも展示されていた。開発には欧米14カ国の50の企業が参画し、独アストリウム社の主導のもとで行なわれた。フィラエに装備されているサンプル最終システムのドリルは、ロボットの開発も行なっているセレックス ガリレオ社が開発を担当している。ドリルは、ロボットアームの一種で、これで彗星の表面に穴を開けてサンプルを採集するという仕組みだ。ちなみに、ロゼッタとは石碑ロゼッタ・ストーンから、フィラエは石碑フィラエ・オベリスクから名付けられた。古代エジプトのミステリーを解き明かすことに貢献した両石碑の如く、彗星の謎を解き明かすという願いが込められているようである。
着陸機「フィラエ」。全面左側の縦に伸びた白い装置がドリルを収納している。模型では下にドリルの姿も | チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星本体の上空を飛ぶ「ロゼッタ」と、着陸しているフィラエのイメージ |
また、ESAが2011年に打ち上げ、2013年到着予定の火星探査計画「エクソマーズ」計画で使用する車両型ロボット探査機ローバーの1/2.5スケールモデルも展示された。仏タレス・アレーニア・スペース社は計画の最初の契約企業で、イタリアは計器類中の4個を担当し、同ミッションのリーダー的な存在となっている。なお、公式サイトにあるローバーの画像や動画を見る限り、もっとディズニー・ピクサー映画の「WALL・E」に近いロボットらしい雰囲気だが(どうしてもローバーは頭部を持つとWALL・Eのイメージに近くなってしまうらしい)、今回の展示模型はあまりロボットっぽくないデザインとなっている。また、エクソマーズ計画用の展示では、火星の大気圏突入時に安定性を高めるのと減速を行なうために使用される、アエロ・セクル社製パラシュートの1/10モデルも展示。実際には直径11mと25mの2つのパラシュートで構成される予定だ。なお、エクソマーズ計画は、ESAが2030年を目標に進めている有人火星探査計画「オーロラ」の一部でもある。
ローバー。イメージ図と結構違う感じだが、ここからカメラなどを展開するのかもしれない | 着陸カプセル。ローバーはこれに搭載されて大気圏に突入する |
エクソマーズ計画で使用されるパラシュート。火星は地球と比べて大気圧がだいぶ低いがちゃんと機能する | こちらから見ると、同心円上に隙間があるのがよくわかる |
●航空機エリア
航空宇宙の隣にあるのが、航空エリアだ。アグースタ・ヴェストランド社製のヘリコプターが展示されていた。国内でも、海上自衛隊や警視庁などが同社のヘリを導入しており、「AW101」や「AW109 Power」などのスケールモデルが展示されていた。
AW101。16tクラスの冗長性に優れた機体で、世界中で軍用・民間問わず利用されている。モデルは海上自衛隊機 | AW109 Power。3t、6人乗りの小型双発エンジンヘリ。450機が世界中で使用され、警視庁にも配備されている |
しかし、航空エリアでのポイントは、プラット&ホイットニー カナダ社のジェットエンジン「PW308」用の低圧タービンの実機だろう。イタリアの重工業メーカーのアーヴィオ社は、同エンジンのプログラムパートナーであり、レイセオン社製「ホーカー 4000型」機とダッソー社製「ファルコン 2000DX/EX型」機用の低圧タービンとミキシング装置付き排気口の責任を担っている。
プラット&ホイットニー カナダ社のジェットエンジン「PW308」用の低圧タービン。ゴトンと置いてある | 低圧タービンを正面から |
同じく真横から | 同じく後方から |
●バイクエリア
最後は、バイクを紹介しよう。大排気量バイク3台+スクーター1台だったが、中でも抜群のカッコよさだったのが、ドゥカティの「ストリートファイター」。平成の仮面ライダーとかスーパーヒーローがそのまま乗っていそうな、市販車とは思えないシャープなカッコよさを持った1,100ccの大型車である。レース用のトラクションコントロールシステム「DTC」(Ducati Traction Control)を搭載している点もポイント。また近未来感漂う、イタルジェット・モト社ビッグスクーター「ドラッグスター 250」もまたいい感じ。両足の間にフロントサスのスプリング・ダンパーユニットが設置されており、常識破りだ。そして、イタリアのバイクメーカーのアグスタの「MVF4」をベースにスペシャルバージョンとして20台だけベルブランド社がデザインしたのが、「スーパーラティバ」という真珠貝で装飾された1台「MVF4 スーパーラティバ」。こちらも1,000ccの大型車。既に乗り物ではなく、芸術品である。最後の1台は再びドゥカティ。「Superbike 1198S」は、今回の中では最大の1,200ccという大排気量を誇る。そのままレースに出られそうな雰囲気だが、その通りで、ドゥカティのマシンは市販車ベースのレースであるスーパーバイク世界選手権で活躍中だ。この車種ではないが、「1098R」で日本人ライダーの芳賀紀行選手が出場しており、なんと2009年のランキングで残すはあと1戦というところで、2位に10点差をつけてトップ。世界チャンプが誕生しそうな雰囲気だったりするのだ。
ドゥカティの「ストリートファイター」。カッコよすぎ | イタルジェット・モトの「Dragster 250」。大友克洋のマンガ「AKIRA」に出てきもおかしくない? | 足のステップの間にスプリング・ダンパーユニットがあるという意表を突いた設計 |
キラキラとまぶしいベルブランドの「アグスタ MVF4 スーパーラティバ」 | ドゥカティの「Superbike 1198S」。レースでの技術がフィードバックされた1台 |
2009/10/21 19:00