JAXA「航空プログラムシンポジウム」レポート

~無人機や超音速旅客機などを題材に同グループ4年間の実績を紹介


 独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の航空プログラムグループは10日、日本科学未来館7階のみらいCANホールにて、「航空プログラムシンポジウム」を開催した。休憩を含めて7時間に及ぶ長丁場で、全部で9つの講演を実施。その中から、「『安全・安心』に役立つ無人機を目指して」と、「静かな超音速機の実現を目指して~静粛超音速機技術の研究開発~」の2つにフォーカスする形で紹介させていただく。

JAXA航空プログラムグループの4年間の実績と今後の展開を披露

 JAXAというと宇宙開発のイメージが強いが、正式名称の中には「航空」とあるように、航空機関連の研究開発も行なっている。それを担当する部署が、航空プログラムグループというわけだ。社会の要請に応えること、先端技術開発プロジェクトにより次世代を切り開くことを活動方針としており、発足して4年ほどになる。今回のシンポジウムは、同グループの活動が軌道に乗ってきたことから、これまでの研究開発が社会にどのように活かされているのか、また今後どのような方向を目指しているのかを紹介するべく企画された。

 今回は、「地球環境に優しい」「公共のニーズに応える」「航空交通のニーズに応える」「将来を豊かにする」の4つのテーマを掲げ、全部で9つの講演を実施。航空プログラムグループに所属するJAXAの研究者のほか、関連する省庁や研究機関、企業の研究者らによって講演は行なわれた。講演は、まずテーマ1の「地球環境に優しい」の特別講演として、人間文化研究機構総合地球環境学研究所教授の井上元氏による「航空機や衛星による温室効果ガスの観測が解明する大気化学」からスタート。続いて、航空プログラムグループ国産旅客機チームの山本一臣氏による「旅客機の機体騒音の予測と低減技術」、同グループ環境適応エンジンチームの山本武氏による「ジェットエンジン排気の低NOx化技術」が行なわれた。

「ジェットエンジン排気の低NOx化技術」から。プラット&ホイットニーとロールス・ロイスのRQL燃焼機の概略図同じく、ゼネラル・エレクトリックの希薄ステージング燃焼機の概略図
同じく、プラット&ホイットニーとロールス・ロイスの希薄ステージング燃焼機の概略図とパーツの写真国内の環境適応型小型航空機用エンジン(小型エコエンジン)の3タイプの概略図

 テーマ2の「公共のニーズに応える」も最初は特別講演で、富士重工業株式会社航空宇宙カンパニー顧問の山根峯治氏による「大規模災害時にヘリコプターを有効に活用するために」から開始。続いて、航空プログラムグループ運行・安全技術チームの奥野喜則氏による「大規模災害を想定したヘリコプターの情報共有と運行管理技術」、次に同グループ無人機・未来型航空機チームの佐々修一氏による『安全・安心』に役立つ無人機を目指して」が行なわれた。

「大規模災害を想定したヘリコプターの情報共有と運行管理技術」から。災害救援航空機上方共有ネットワーク「D-NET」の概略図2006年に実施された、D-NET規格のデータ互換性の実証実験の概略図
JAXAの実験用ヘリコプターのコックピットに設けられた、データ通信による運行管理システムのモニタ災害用無人機との連携技術についても触れられた。JAXAの実験用ヘリとヤマハ製無人ヘリ(黄色い丸がその位置)による飛行実験時の様子

 テーマ3の「航空交通のニーズに応える」も最初は特別講演。国土交通省航空局管制保安部保安企画課新システム技術企画官の松永博英氏による「将来の交通システムの構築に向けて」だ。続いて、航空プログラムグループ運行・安全技術チームの中島徳顕氏による「次世代運行システム(DREAMS)について」が実施された。

「次世代運行システム(DREAMS)について」から。20年後には、日本の空の容量は限界を超えるという日本に特徴的な問題を解決するためのDREAMSの技術課題と目標
DREAMS開発のロードマップ。2012年から飛行実証を行い、2025年までに基準化/実用化を目指す技術実証システムの概要

 最後のテーマ4「将来を豊かにする」では、航空プログラムグループ超音速機チームの吉田憲司氏による「静かな超音速機の実現を目指して~静粛超音速機技術の研究開発~」による講演が行なわれ、休憩時間も含めてだが全7時間以上に及ぶシンポジウムは終了となった。冒頭で述べたとおり、この後は、テーマ2の「公共のニーズに応える」の佐々修一氏による『安全・安心』に役立つ無人機を目指して」と、「静かな超音速機の実現を目指して~静粛超音速機技術の研究開発~」を紹介させていただく。

『安全・安心』に役立つ無人機を目指して

 「『安全・安心』に役立つ無人機を目指して」と題した講演を行なった佐々修一氏の属する無人機・未来型航空機チームは、無人機技術を基に、災害監視無人機システムの開発や、未来型航空機システム技術として脱化石燃料化航空機の要素技術研究を行なっている部署だ。同チームとしては、「運用性」と「安全性」の重要技術の研究開発と、運用試験などによる災害監視無人システムの技術実証、無人機の有人地帯運用のための安全基準の整備(安全基準整備のための技術的サポート)を通し、無人機の民生分野での活用に道を開くことをミッションとしている。なお、ここでいう無人機とは遠隔操縦でパイロットによって操作されるもののことであり、ロボット技術を応用して自律的に飛行するものではない。

 講演は、まず世界の無人機からスタート。1896年5月にアメリカのサミュエル・ラングレー教授の開発した「エアロドーム」に始まり、近年では米空軍無人偵察機として知られるジェネラレルアトミックス社の「プレデター」(1995年)などがある。そしてJAXAの無人機としては、発足以前の旧宇宙開発事業団NASDAや旧航空宇宙技術研究所NAL時代のものも含めて、日本版スペースシャトルの往還技術試験機「HOPE-X」(H-2 Orbiting Plane-Experimental)の開発(計画は現在凍結)に関連したさまざまな実験機を中心に紹介された。

 1996年の小型自動着陸実験「ALFLEX」(Automatic Landing Flight Experiment)、2002年および2003年の高速飛行実証「HSFD」(High Speed Flight Demonstration)、2004年の無人成層圏プラットフォーム「SPF」(Stratospheric PlatForm)、2005年の「多目的小型無人機システム」、同年の高温衝撃風洞「HIEST」(High Enthalpy Shock Tunnel)などである。

 また、日本は無人機の民生(産業)利用が世界一で、とりわけ種まきや農薬散布など農業には2,000機以上の無人ヘリが利用されているという。その多くが、ヤマハ(http://www.yamaha-motor.jp/)製の機体だそうだ。環境/科学観測の場でも無人機は活躍しており、100kg以下の各種小型固定翼無人機が南極なども含めた無人地帯で植生観察や気象観察に利用されている。そのほか、航空写真や災害監視といった場面でも活躍中だ。思いの外、日本は無人機が活躍するフィールドだったのである。

JAXA航空プログラムグループ無人機・未来型航空機チームの佐々修一氏海外(アメリカ)の無人機の歴史
JAXAの無人機の歴史民生機の紹介。上がメーカー製のもので、下が大学の研究室のもの

 無人機の活用は、3D(Dull(退屈)、Dirty、Dangerous)のいわゆる日本的にいえば3Kに適合し、3次元空間(高所からの観測、空中などで移動時間が当然かからない)を利用できることが挙げられる。特徴としては、低コスト、そして当たり前だが無人による安全性などの面がある。近年ではそうした特長を活かし、災害大国の日本の災害監視に適しているとして、無人機を災害監視任務に用いることが検討されている。JAXAでは、数年以内に、企業、大学、地方自治体と共同で、災害監視用無人機の技術実証システムを開発する予定だ。同時に、ユーザーとの協働による運用飛行試験を行い、システムの成立製・妥当性の評価も実施する計画である。無人機の使い方としては、映像伝送設備を搭載した防災ヘリなどの既存防災インフラを補完する形だ。実用化のための課題としては、特殊技能を持つ専門家を不要とする「簡単運用」、居住地上空を飛べるだけの信頼性と安全性の「地上安全」、そして「低コスト化」と、それに関連するのだが「平時運用」の問題などがある。

 JAXAで提案しているのは、早期の概括的監視を担当する4kg級固定翼無人機と、長時間の詳細な連続監視を担当する10m級の飛行船型無人機の2タイプ。前者は、翼幅2.1m、重量4kgの電動タイプの「Safe-Bird-F1」並びに翼幅2.3m、重量4kg、脱化石燃料の電動タイプの「Safe-Bird-F2」を開発し、誘導や制御といった重要技術の研究開発を行なっている。また、地上安全を実現するための一要素として、衝突安全構造を新規開発の衝撃吸収材料を用いて衝撃解析(有限要素法)HIC(Head Impact Criteria:頭部障害値)による安全性の評価や、センサーを用いた障害物検知および回避などの試験も行なわれた。そして後者は、全長14m、幅4.8m、体積117立方m、重量117.5kg、最高速度毎秒14m/sの予備試験器を開発。指定したウェイポイントに従って自動飛行する飛行制御系、自動離着陸技術、ハードウェアインザループの試験などを実際の飛行試験で検証した。また、地上運用技術の研究も進められており、自動組み立て、グランドハンドリング、発進装置などの開発も行なわれている。

JAXAが提案する災害監視無人機は、4kg級固定翼機と10m級飛行船型の2種類4kg級固定翼機。化石燃料を使わない点もポイント
10m級(実際は15m近いが)飛行船型8m級飛行船を手軽に、なおかつ30分以内に完成させられるシステムも開発された

 日本における無人機運用のネックとなっているのが、関連諸機関と関連規則の問題。まず行政だが、JAXAに関連する文部科学省を筆頭に、防衛用無人機に関わる防衛省、航空法に関わる国土交通省、農薬散布ヘリに関わる農林水産省、航空機製造事業法に関わる経済産業省、電波法に関わる総務省と6省が関連する。しかも、無人機は航空法で定義する航空機には無人であるということで該当せず、これまでに法律制定に関する具体的な要望などが少ないこともあって、法規上の定義がないという。そこで、国内の無人機メーカーが設立した日本産業用無人航空機協会JUAVが、無人地帯用の業界自主ルールを制定している。JAXAでは、独自に無人地帯用の飛行試験の安全基準を制定しているという具合だ。こうした理由から、災害監視無人機の飛行試験では、有人地帯用の安全基準を今後設ける必要があり、JUAVや国土交通省航空局と協議しながら進めていく計画としている。JAXA自体は法律制定機関ではないため、JUAVなどへの技術サポートを行なう予定だ。

「静かな超音速機の実現を目指して~静粛超音速機技術の研究開発~」

 続いては、今回のプログラムの最後に行なわれた、超音速機チームの吉田憲司氏による超音速機の開発に関する講演「静かな超音速機の実現を目指して~静粛超音速機技術の研究開発~」だ。超音速機というと、弾道軌道を描いて亜宇宙にまで上昇し、東京~ニューヨークを2時間で結ぶようなイメージがあるかもしれないが、それはマッハ5以上の極超音速機の話。今回はそのひとつ手前で、マッハ2クラスの機体が題材である。現在は就航していない「コンコルド」クラスの機体、SST(Super Sonic Transport)と呼ばれる機体だ。ただし、超音速機チームはそうした極超音速機の研究開発も進めており、2018年までに世界をリードする超音速機技術と極超音速技術を創出するとしている。極超音速機技術に関しては、現在は2012年まで先行研究が行なわれ、2013年からはシステム概念研究および要素技術の開発研究と小型極超音速機の開発・飛行実験(マッハ5推進システム技術実証)を並行して進めていく。

 講演は、まずは、旅客機の飛行速度の変遷からスタート。ライト兄弟のライトフライヤーからコンコルドまで、指数関数的に飛行速度は上がってきたが、オイルショックの問題やコンコルドの経済的・環境的問題などから、現在の新型ジェット旅客機はすべて亜音速となっている。ボーイングB787もエアバスA380もおおよそマッハ0.8~0.9だ。また、次世代SSTと呼ばれる航空機メーカー各社やNASAなどが計画している超音速機は、マッハ2前後を予定していることも紹介された。

 そのマッハ2だと、どこまで移動できるのか。静脈血栓塞栓症(エコノミー症候群)が発症する境目となる6時間のフライトで日本を中心に置いて、亜音速とマッハ2の比較がされた。前者では香港やシンガポール、ホノルルまでだが、後者になるとロンドン、モスクワ、ローマ、ドバイ、シドニー、アンカレッジ、シアトル、ロサンゼルスなどまで入る。このことから、日本と北米や欧州間の旅客数の拡大が見込まれ、また高齢や持病などで長時間旅行が難しい人々の旅行需要も創出できるとし、日本は超音速飛行の最大の恩恵国になるという。2025年にマッハ2クラスのSSTが就航しているとすると、世界のGDPを約1.3%増大させるとする予想もあるそうだ。料金的な面にも触れられ、あるシンクタンクが調査した際、マッハ2クラスのジェット機の料金が1.3倍までなら50%ぐらいの人が利用してもいいと回答しているという。見方を変えれば、運行コストを3割り増し以下にしないと、各航空会社では使えない(採算が取れない)ともいえる。

JAXA航空プログラムグループ超音速機チームの吉田憲司氏航空機のスピードの変遷。現状、亜音速止まりとなっている
亜音速とマッハ2クラスの6時間のフライトで到達できる距離の比較右下のグラフがニーズに関する調査結果。マッハ2クラスでも料金は1.3倍までを含めると、50%以上に

 このように書くと、マッハ2クラスの旅客機はいいことずくめのように思えるが、現状ではコンコルドは営業を終了しているし、その後も新型SSTが就航したわけではない。コンコルドが営業を終了せざるを得なかった最大の理由は、環境適合性が大きく不足していたからだ。中でも大きいのが、巨大なソニックブームである。近くに雷が落ちた時のような猛烈な騒音のため、陸地上では超音速飛行は禁止されており、マッハ2で飛べないという問題があった(本来なら、大西洋横断3.5時間が陸地上でもマッハ2を出せるのならもう少し短くできる)。

 さらに、離着陸時の騒音もとてつもなく巨大で、それも問題だった。削岩機が立てるよりも大きいそうで、そのため乗り入れ可能な空港が限定されてしまうというマイナス面が発生していたのである。ボーイングB747と比較した場合、100倍以上の騒音を発していたという。

 経済性(機体性能)の不足の面もあった。1フライトで約90tの燃料を消費し、100人しか乗れないため、乗客1人当たりの燃料消費はスポーツカー並みなのである。これまたB474と比較すると、3.5倍の運行コストになるという。2003年10月にコンコルドが27年間の商用超音速運行を終了した理由は、高い運行コストと、路線限定などによる低い運行効率のために航空会社にとっては採算を取ることが難しい機体だったからというわけだ。ただし、ロンドン・パリ~ニューヨーク・ワシントン路線で毎年全体の3.7%に当たる約24万人が利用しており、エコノミークラス+α程度の空間でファーストクラス+25%のプレミアム運賃でも、その速さを求める確実な利用者がいたということも判明している。

 そのように大きな問題を抱えていたコンコルドだが、そうした欠点を克服すべく、コンコルドの就航以降も研究開発はNASAなどで積極的に続けられた。1985年にレーガン元大統領の「オリエントエクスプレス計画」発言を受け、1980年代後半に入ると、次世代の大型SSTの開発機運が高まりだしていく。1990年代半ばまでには、第1次開発ブームとしてアメリカ(ボーイングとダグラスの2社)、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ロシア、そして日本の航空会社8社による国際会議まで発展したが、最終的には実用化にまでは至らなかった。問題は、大型のSSTをいきなり開発しようとすることから来る技術不足であり、しばらくの間、開発機運は沈静化してしまう。

 しかし、21世紀に入ると再び機運が高まってきて、現在は第2次ブームとしてもう少し下のサイズ、超音速ビジネスジェット(SSBJ)計画がアメリカのベンチャーによって進められている。米Aerion社と米SAI(Supersonic Aerospace International)社が、2014年以降にSSBJを市場に投入すべく開発中としている。また、そうした動きにNASAも刺激を受け、2007年に開発構想を発表。小型SSTは2020年を目標に、同大型SSTは2030年を目標に研究が進められている。日本でも、財団法人日本航空機開発協会(JADC)が中心となって、「JADC SST」を2025年の飛行を目標に研究が進められている。

 コンコルドと同じ轍を踏まないためには、次世代SSTには経済性と環境適合性が絶対に必要。まず経済性に関しては、JAXAとしては低抵抗化、軽量化、高効率推進系などで目標を達成していくとする。環境適合性に関しては、低ソニックブーム化、離着陸騒音低減、排気ガス(NOx)低減などが掲げられている。それらを実現するためには、構造(軽量化・耐熱化・安全性向上)、空力(低抵抗化・低ソニックブーム化・離着陸性能向上)、推進系(低騒音化・低燃費化・低NOx化)の設計技術を進化させる必要があるという。

 構造設計技術は、長期耐久性に優れた軽量の耐熱複合材料と低コスト・高精度製造法によって達成する。空力設計技術は、自然層流翼設計概念などによる抵抗低減コンセプト、非軸対称胴体設計概念などによる低ブームコンセプト、高忠実度CFD解析手法、他分野結合/多目的最適設計(MDO:Multidisciplinary Design Optimization)手法、ボルテックス・フラップなどによる最適高揚力装置などが重要だ。

 推進系設計技術に関しては、可変サイクル(最適バイパス比)、低騒音ノズル(小型・軽量)、騒音遮蔽(機体上方)、推力偏向、最適インテーク/排気ノズル設計、燃焼温度の均一化を図る最適燃料混合など。現状、技術開発にはブレークスルーが求められるということで、その課題の1つが空力・構造(弾性)・推進・操縦のカップリング問題とする。これはどういうことかというと、細い胴体で薄い翼でハイスラストなエンジンをつけて飛行することがSSTに求められているのだが、前述した4分野すべてにまたがる解決すべき問題があるので、総合的に広く見渡す必要があるというわけだ。対処方法としては、コンピュータ設計技術も含めたMDO手法が重要としている。

2014年の完成を目指して米2社がSSBJを開発中のほか、NASAなども次世代SSTを開発中次世代SST開発のための主要な技術課題

 続いて紹介されたのは、JAXAのこれまでと現在の超音速機技術研究計画の内容。1997年から研究はスタートし、2005年まで次世代超音速技術の研究開発が進められた。その後を受け、2013年までの予定で、現在は静粛超音速技術について現在研究開発が進んでいるというわけだ。最初は、「NEXST-1プロジェクト」として、無推力ロケット打ち上げ方式から実施。少し遅れて、「NEXST-2プロジェクト」として、ジェット推進空中発進方式も並行してスタートする。しかし、NEXST-1は2002年の第1回飛行実験で失敗してしまう。そこで、航空科学技術委員会によって下された判断が、ジェット推進自動離着陸のところまで基本設計を終え、次のステップに進もうとしていたNEXST-2を凍結させ(2003年に実際に凍結)、NEXST-1に注力すること。結果、NEXST-1は改修を施され、2005年の第2回飛行実験では見事成功している。

 NEXST-2は凍結した後、先進コンピュータ設計技術の飛行実証計画検討という形に姿を変え、JAXA内外の有識者による飛行実証研究会によって1年以上もの検討期間を経て、「静粛超音速機技術の開発」として新たにスタートしている。JAXA独自コンセプトのソニックブーム低減技術などを盛り込んだその概念検討を終え、現在は、設計検討のフェーズ1である。

 この研究開発の目的は、超音速旅客機の実現を目指し、静粛超音速旅客機の実現に必要なキーとなる技術を獲得し、航空機開発の先導役として、「航空機製造産業の発展と将来航空輸送のブレークスルーに貢献すること」としている。また目標としては、次世代静粛超音速旅客機の実現に必要な技術的な重要課題を克服する技術を獲得することの一環として、2010年代半ばの本研究開発終了時に、「小型超音速旅客機(技術参照機体)の実現を可能とする技術目標を達成すること」とした。

 技術参照機体のスペックは、全長47.8m×全幅23.6m×全高7.3m、全備重量70t、主翼面積175平方m、アスペクト比3.0。さらに、乗客数は36~50人(全席ビジネスクラス)、巡航速度マッハ1.6、航続距離3,500nm、ソニックブームはコンコルドに比べて強度半減、空港騒音は国際民間航空機関ICAO(International Civil Aviation Organization)基準(Chap.4)に適合させるという。特にソニックブームに関しては最優先課題とし、実際に飛行して計測してみないとわからない部分も多いので、飛行実証を行なう予定だ。そのほかの課題と技術目標は低抵抗化が揚抗比8.0以上、軽量化がコンコルドと比較して構造重量15%減とした。

JAXAの超音速機の技術研究計画のロードマップJAXAが目ざす静粛超音速機のスペック

 静粛超音速研究機(S3TD:Silent SuperSonic Technology Demonstrator)の設計には、コンピュータ設計技術を全機形状設計に適用した低ソニックブーム・コンセプトの無人超音速ジェット機を設計・開発し、コンセプトと設計技術を飛行実証する予定とする。S3TDの機体各所の特徴だが、先端部分とデルタ翼風の主翼の前端にはJAXA独自の低ソニックブーム設計コンセプトが適用される(NASAもソニックブームについては研究を重ねているが、それとは異なる)。

 「機首部分は抵抗増を抑えた低ブームノーズ」と「通常の航空機形態での先端・後端ブームの低減」の2つが独自コンセプトで、特許取得済みである点が世界的な意味合いがある。そのほか、材質に関しては、エンジン排気干渉・高温部位を除き、表面パネルは複合材料を用いる。さらに、予期せぬ飛行中断でも安全に滑走路に帰還することを可能とする航法誘導制御技術を搭載するとした。

 空力に関しては、まず主翼については、複合材構造を含む空力・構造2分野の多目的最適設計手法によって設計。胴体部分については、機体形状定義から多目的最適設計までシームレスなMulti-Fidelity設計システムを用いる。さらに各部の空力設計やシステム設計については、少々長いため、プレゼン画面を掲載しているので興味のある方はそちらで確認いただきたい。また、S3TDの飛行実験計画における飛行ルートとソニックブーム計測計画についての詳細や、ソニックブーム関連の要素研究などの紹介も行なわれた。ソニックブームシミュレーターを開発し、被験者が中に入ってどのように聞こえるかとった情報収集も行なっているという。

S3TD(静粛超音速研究機)の各部に適用される技術S3TDの空力設計S3TDのシステム設計
S3TDの飛行実験計画

 気になるのは進捗状況だが、最大のネックは予算の獲得状況。この8月いっぱいをかけて文部科学省による審議が行なわれたそうだが、この実機開発には多大な予算がかかるため、予算獲得が困難になってきているという。最も初期の計画では、2012年にS3TDを開発する予定だったが、予算の問題で現状は2年遅れており、早くても2014年。しかし、それだと2013年のICAOのソニックブーム国際基準策定に国際的な貢献ができず、またNASAとの競争にも勝てないという判断から、見直しを実施。実証課題(低ブーム設計技術)の一部早期実証かつS3TD開発のリスク低減として、コンセプト確認落下試験を2012年までに2回実施し、第1フェーズ(第2期中期計画)として国際貢献するとした。その後、チームの希望として描かれているのが、2012年から2017年までを第2フェーズ(第3期中期計画)。「S3TD+」という静粛超音速研究機の改良型を2017年までに開発したいという。

 コンセプト確認落下試験は、「D-SEND」(Drop test for Simplified Evaluation of Non-symmetrically Distributed sonic boom:非軸対称ソニックブーム場に対する簡易評価のための落下試験)計画と呼ばれる。スウェーデンNEAT実験場で、2011年春と2012年夏に予定しており、揚力飛行体(非軸対称圧力場)を高度30kmから落下させ、高度1kmと地上でのソニックブーム波形の計測を行なう。高度5~10kmぐらいの高さの時点で揚力飛行体はマッハ1.6程度に到達するそうである。このスケジュールであれば、国際貢献できるというわけである。

見直しが行なわれたS3TD計画D-SEND計画の概要NASAの委託を受けたF-16を改修したボーイングの低ブーム技術実験機のイラストも紹介された

 以上、JAXAの航空プログラムシンポジウム、いかがだっただろうか。100年に一度の不況という中、政権党の交代もあり、こうした基礎技術研究に多大な予算をかけるということが難しい状況になってきており、超音速旅客機も極超音速機も開発が先送りになりそうな気配で、なんとも難しい時期だと感じてしまう。そんな中でも、研究スタッフの方々が諦めずに前進しているのを感じられるシンポジウムだったと思う。個人的には、20年でも30年でもかかってもいいと思うので、ぜひ国産の超音速旅客機や極超音速機の開発に続けていただきたい。


(デイビー日高)

2009/10/19 22:26