サイボーグ技術は動き出すか?-ロボット技術と人間機能の協調-

~日本ロボット学会第27回学術講演会併設行事『一般公開セッション』レポート


 9月17日(木)、神奈川県横浜市の横浜国立大学キャンパスの教育文化ホールにおいて、パネルディスカッション『サイボーグ技術は動き出すか?-ロボット技術と人間機能の協調』が開催された。本パネルディスカッションは日本ロボット学会第27回学術講演会の一般公開セッションとして開催されたものであり、6名の講演者がそれぞれの研究・活動を通じて現在の、そしてこれからのサイボーグ技術について講演を行なった。

ATR脳情報研究所 森本淳氏

 最初の講演者はATR脳情報研究所の森本淳氏、「歩行中のサルの脳活動からの位相情報抽出とヒューマノイドロボットの歩行制御」と題して、米国デューク大学と共同で研究を行なっている、サルの脳活動を用いたヒューマノイドロボットのリアルタイム制御の解説を中心に講演を行なった。

 この研究はデューク大学にいるアカゲザルに歩行運動をさせた際に得られる200~300ニューロンの脳信号をネットワーク経由で日本のATRへ送り、その信号から運動を構築して油圧駆動の全身51自由度を有するヒューマノイドロボット『CB-i』で再現するというもの。

 発表当時は脳活動の信号から歩行の際の脚軌道を構築しロボットに再現させているが、この方法だとサルとロボットとの運動学・動力学モデルやアクチュエータ数の相違が問題になるという。そのため、現在は歩行が周期運動であることに着目し、結合位相振動子を利用してサルの歩行の位相情報を同期メカニズムによってロボットに伝達する研究が進められている。

 サルの脳活動の信号を周波数解析すると、そのピーク値からサルの歩行の位相周期を抽出することができるという。抽出された位相情報をロボットに伝達することで、サルの歩行に合わせてロボットが歩行を行なうことが可能となる。

 さらに、ロボットの歩行の位相を歩行時にロボットの足裏から得られる床反力にも基づいて更新することで、ロボットはサルの歩行に合わせるだけでなく、ロボットが置かれている環境にも適応し、転倒などを起こさないような歩行を生成することができる。ロボット単独の場合においては環境に適応した歩行はすでに実現されており、さらに結合位相振動子を用いてサルの歩行の位相情報もロボットの歩行制御システムの更新に反映させることで、上記のような歩行が実現されるという。

 将来的にはロボットの運動をカメラで撮影し、その映像をサルに提示してフィードバックすることによって、サル自身が積極的に脳活動の信号を用いてロボットを制御することを目指すという。

京都大学の奥乃博教授

 次に「ロボット聴覚が切り開く新たな可能性」と題して、京都大学の奥乃博教授が講演を行なった。奥乃教授は始めにSFにおいてロボットが素早く正確な音声認識を行なう描かれ方や自身の難聴による体験を例を挙げ、これからのロボットにおいてはソーシャルインタラクションが選択原理になり、聴覚機能を有さないロボットは今後絶対世に出ないだろうという考えを述べ、奥乃研究室で進められているロボット聴覚の研究を紹介した。

 ロボット聴覚とはロボットがロボット自身の『耳』で音を聞き、ノイズや複数の音源からの音の混じった混合音から音を聞き分け、音源の位置を判別する音源定位、複数の音源からの音を区別する音源分離、分離した音をそれぞれ認識する分離音認識を行なうことを指す。これらの実現のために奥乃教授は、ノイズはノイズという情報量という考えのもとに、得られた音の中から信頼できないクロストークの部分をマスクする『ミッシングフィーチャー理論』を提案した。また、演算能力の高くないPCでも実時間処理が可能なロボット聴覚のソフトウェア『HARK』を構築し、一般に公開している。

京都大学と(株)ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン(HRI-JP)の共同研究の成果であるロボット聴覚ソフトウェア『HARK』が公開されている【動画】音源分離と音源定位の実験の様子。3人の話者が同時に発生した内容とその方向を判別する

 また奥乃教授はロボットならではの聴覚機能の実現として、流れている音楽を聴きそのリズムに合わせてステップを踏み歌を歌うというヒューマノイドロボットの制御や、音源定位の曖昧性解消のために頭を動かす能動的聴覚のロボットへの実装の様子を紹介した。

 最後に奥乃教授はブレインマシンインターフェイスで一番成功している例は人工内耳であるとした上で、人間の聴覚が1,000chほどあるのに対して現在の人工内耳は24chであり、そのような少ないチャンネルであっても音を聞き分け認識できるようにするための前処理としてロボット聴覚が活用できるのではないかとの考えを示した。

【動画】音楽に合わせてロボットが歌い、ステップを踏む実験の様子。途中で音楽が変わるとロボット自身の歌声をキャンセルしてそのビートを再検出し、新しい音楽に合わせて歌いステップを踏む【動画】能動的両耳聴の実験の様子。首を左右に振るだけではなく、やや下を向くことによって音源定位の正確さが増す

 「脳波で操作する車いすシステムの開発」と題して、工学者の視点からのブレイン・マシーン・インターフェイスシステム開発に関して講演を行なったのは、電気通信大学の田中一男教授。工学者の視点として「脳機能論通り設計してもロボットが動かなくては意味がない」「初心者や障害者の使用を想定すべき」「実生活空間内での使用を想定すべき」との3点を挙げ、その実現例として田中研で開発された、脳波計を用いた電動車いすの操縦システムについて解説した。

電気通信大学の田中一男教授田中研で研究開発されている、脳波による車いす自動操縦システム。システム全体が車いすに搭載されているため、自由な移動が可能

 田中研で研究開発されている車いす操縦システムでは、曲がり角における進行方向の選択やあらかじめ設定された行き先の指定に、あるイメージを想像した際の脳波を用いている。あらかじめ『お酒を飲む』『フルートを吹く』といったばらばらのイメージを連想して脳波を測定し、測定結果を処理・解析することで判別しやすいイメージの組み合わせを求め、例えば右方向への旋回を行なう際には『お酒を飲む』というイメージを連想するというように、脳波を利用している。各被験者によってそれぞれ判別しやすいイメージの組を用いるため、脳機能論通りに脳波が出ない被験者にもトレーニングの必要なく適用が可能だという。

 また、小型の脳波計で判別可能な組を用いるため、他のBMIシステムに比べてシステムを小型化でき、車いすに搭載して移動することが可能となった。この手法により、2択である曲がり角の選択では83%、あらかじめ設定された4カ所の行き先の指定では75%の実験成功率を実現し、実生活空間で初心者でも訓練の必要なしに用いることができるシステムとなったという。

 また、田中研ではこの手法を車いすの制御のみならず、脳波によって生活支援機器ロボット群がシームレスに使用できるようになることがQOLの向上につながるとして、ブロック崩しゲームや食事支援ロボットの操作にも適用している。さらに、小型二足歩行ロボットの制御にも応用した。最後に田中教授は将来の夢として、脳波だけで相手とコミュニケーションを行なう『脳波携帯電話』の開発を挙げ、聴講している高校生へ向けて、エンジニアとして夢を持つことの重要性を語った。

【動画】脳波による車いす操縦実験の様子。経験のない被験者でも訓練することなしに用いることが可能であるブロック崩しゲームや食事支援ロボットへの提案手法の展開により、生活支援機器ロボット群のシームレスな使用が実現でき、QOLの向上につながるという
広島大学の辻敏夫教授。

 広島大学の辻敏夫教授は、「サイバネティック・インターフェイス:生体信号でロボットを自在に操る」と題して、サイボーグ技術のユニバーサル化やユーザー適応を進める『サイバネティック・インターフェイス』に関して講演を行なった。辻教授は、ノーバート・ウィーナーがサイバネティクス理論を提唱しその著書に筋電義手などが登場した1950年代を『第1世代サイボーグ技術』、ロボットやコンピュータなどの要素技術が爆発的に発展した1990年代半ばから後半を『第2世代サイボーグ技術』とし、その先に存在する現在の『第3世代サイボーグ技術』はサイバネティック・インターフェイスであるとし、辻研究室で行なわれている研究を紹介した。

 辻教授が考えるサイバネティック・インターフェイスの方向性は、サイボーグ技術をいろんな場面でいろんなユーザーが使用可能とするユニバーサル化と、その際にロボット側が個々のユーザーに適応するユーザー適応の2つ。脳波や心電図、呼吸や体温、声などの生体信号を取得し、そこからユーザーの意図を読み取り、システムの自然な動作を生み出すかが課題となる。信号レベルではそれぞれのユーザに合わせた信号処理が、環境レベルでは環境・場面に適応しそれに合わせたユーザーの行動の予測が、さらに行動レベルとしてシステム側からユーザーが何をしたいのか予測するということが必要だという。

 その実例として、辻研究室で開発されている前腕筋電義手や5指ハンドが紹介された。5指ハンドを用いた実験では、それぞれの指をばらばらに動かすという学習だけで、複数の指を用いた動作を行なうことができたという。また、筋電を用いた双腕テレオペレーションシステムは障害を持たない人も使用することができ、サイボーグ技術のユニバーサル化が実現されている。また、サイバネティック・インターフェイスとしてのサイボーグ技術として、筋電情報をマウスの運動や音楽の指揮の代わりに用いるバイオポインタ、ミュージックインターフェイスや、筋電による食事支援ロボットや電動車いすの制御が紹介された。

 辻教授はこれらのサイバネティック・インターフェイスが今後、福祉・医療や産業分野などのさまざまな場面で応用されていくとし、それには今後、体性感覚のフィードバックや信号の遅れをカバーする信号を先読みする技術の開発が必要になると述べた。

電気通信大の横井浩史教授

 「筋電型義手の発展を目指して」と題して講演を行なったのは、電気通信大の横井浩史教授。横井教授は運動機能の代替のみならず、そこへ感覚の機能代行を付加し運動と感覚を統合し、機能再建することを目的として、筋電型義手の研究開発を行なっている。自身の運動と自身が置かれている環境のモデルを有し、そこへ運動と環境の相互作用によって生まれる感覚をフィードバックする、これら3つを備えた機械システムを構築することで、手足の機能を情報処理的には機械システムにおいて実現することが可能ではないかという。それには筋肉や脳・神経などから計測された信号を処理し、それらより各々のユーザーの運動意図を抽出する個性適応型情報処理と、複数のアクチュエータと関節をフレキシブルに結合し、複数のアクチュエータが必要に応じて協調し大出力や高速動作を実現する多自由度干渉駆動技術が必要であるとし、研究を行なっている。

人間の機械による機能代替と機能拡張の例と、横井研で研究開発された筋電型義手【動画】筋電義手によるキャッチング動作の様子。信号処理により0.2秒ほどの遅れが発生し、被験者である16歳の高校生はその遅れに適応できるが、後ろの大学院生は適応できないという

 横井教授は自身の身体に筋電センサーを埋め込み周囲のデバイスの制御に用いた英レディング大学のケビン・ワーウィック教授やSF作品を例に、人間機能の代替や人間機能の拡張を実現するために人の製品開発の営み、そしてサイボーグ技術の研究が進められているといい、その先には符号化された情報の伝達から直感的情報への伝達、体性感覚のフィードバックが付加価値を持つようになると述べた。そして、横井研で開発されている筋電義手のさまざまな実験の様子が紹介された。筋電義手によるキャッチング動作がうまくいかない理由として、横井教授は信号処理による遅れの存在と人間の手と筋電義手の構造の違いを挙げ、それを克服するのが今後のロボット技術であると述べた。

 最後に横井教授は、サイボーグ技術を人からの距離に基づいて0次層から6次層までに階層化し、すでにアナログ領域である3次層、自動車や作業機械をスイッチやレバーなどで操作する段階は当然のものとして存在していることから、今後の研究はより人間と距離が近い、人間の体内や脳神経に直結する層へと進んでいくだろうとの考えを示した。

【動画】キャッチング動作における人間の動作と筋電義手の動作の違いを高速度カメラで撮影したもの。実空間にあるさまざまな物体の把持に適用するため、キャッチング動作においては人間のようにロボットの動作を生成できないのだというこれからのサイボーグ技術の研究動向は、人間の表層からどんどん体内へ入り、神経領域へと進んでいくだろうという

 最後の講演者はサイエンスライターの森山和道氏。「サイボーグ技術の展開」と題し、神経・脳科学やロボット、インターフェイスを取材対象としている自身の知見や周辺技術の展開に基づき、自身の考えを述べた。森山氏は始めに理研BSI-トヨタ連携センターから6月に発表された脳波による電動車いすのリアルタイム制御や、ホンダ・ATR・島津製作所が3月に発表したEEG・NIRS同時計測装置によるASIMOの制御など、最近のBMI技術の成果を紹介したうえで、今後のBMI研究のポイント・キーワードとして身体機能・情報処理機能の補完・代替・拡張や、電極などの神経系と機械のインターフェイス技術や深部脳刺激、アプリケーションとして医療・障害者支援を挙げた。

 また、先に述べた神経・脳科学、ロボット、インターフェイスという森山氏の取材フィールドの接点にサイボーグ技術があると思われているが、各分野ごとに膨大な研究成果の蓄積があり、その接点は現状ではさほど広くなく、サイボーグ技術研究の進展は今後の若い世代の研究活動にかかっているとの考えを示した。

 また、サイボーグ技術に関する国内外の研究やSF作品について言及した上で、肉体的なサイボーグ技術よりも情報的なサイボーグ技術の方が早く実現し、今後は情報・通信技術の進化の結果として「人」と「モノ」との情報共有が進み、境界があいまいとなり、地球そのものがサイボーグ化していくと述べた。さらに最終的に想像される未来は、「サイボーグ化する地球で情報的/肉体的なサイボーグが共生する」というものであろうとの展望を示した。

 森山氏は自身のWebサイトで、講演に用いた動画も含めた講演の内容を公開しているので、そちらも参照してほしい。

サイエンスライターの森山和道氏森山氏の示すBMI研究のポイント・キーワード
森山氏の取材対象は神経・脳科学、ロボット、インターフェイスであり、その接点としてサイボーグ技術が存在すると考えられているが、現在ではその接点はそれほど多くないという。未来社会においては、情報技術の振興により地球全体がサイボーグ化し、そこで情報処理性能でも機械的性能でも人間を超えたサイボーグが共生することになるだろうという。

 この後、講演者全員でのパネルディスカッションが予定されていたが、時間の都合によりそれぞれの講演者の講演のみでセッション終了となった。それぞれの講演者が示したサイボーグ技術の現在と将来像がどう混じり合い、展開されてゆくのか、今後のサイボーグ技術の研究開発の動向が注目される。



(せとふみ)

2009/10/9 19:18