河森正治×山海嘉之×古田貴之×瀬名秀明が語るロボット技術のあるべき姿とは

~「ロボット・デザイン考現学2」「ジャパンロボットフェスティバル2009 in TOYAMA」セミナーレポート


会場は満席、立ち見で聞き入る人たちも

 9月26日(土)、27日(日)の日程で富山市テクノホールで開催された「ジャパンロボットフェスティバル2009 in TOYAMA」では3つのセミナーが行なわれた。この記事では26日に行なわれた「ロボット・デザイン考現学2」についてレポートする。富山県南砥市出身でアニメーション作品「マクロス」シリーズなどで知られるビジョンクリエイターの河森正治氏、ロボットスーツ「HAL」開発者で筑波大学大学院システム情報工学研究科教授、サイバーダイン株式会社CEOの山海嘉之氏、千葉工業大学未来ロボット技術研究センター(fuRo)所長の古田貴之氏の3氏によるロボットトークが行なわれた。コーディネーターは作家の瀬名秀明氏がつとめた。会場は開会前から満席で、熱心なファンたちが4人のトークに聞き入った。

河森正治氏山海嘉之氏
古田貴之氏瀬名秀明氏
トークの様子

 まず話は会場脇に置かれていた日産のTV CMに使われた「デュアリス」像から始まった。パワードスーツをイメージして河森氏がデザインしたものだ。河森氏のファンだということでテンションの高い古田氏は「ロボットがこれだけあって身近に見られる展示会はない」と会場全体を盛り上げた。アニメファンとしても知られる山海氏は「デュアリス像を動かしてみたいな」と受けた。河森氏は「4年ぶりにジャパンロボットフェスティバルの会場に来た。普通に小さな子供たちがロボットで遊んでいることに驚いた」と述べた。

 そう、今回のトークセミナーのタイトルは「ロボットデザイン考現学2」。「2」ということは「1」があったわけで、瀬名氏が第1回のセミナーを振り返った。当時は瀬名氏、河森氏に加え、アニメ「パトレイバー」シリーズのほか、産総研が開発した「HRP-2」のデザインで知られる出淵裕氏とでトークしたのだという。愛知万博直後、2005年11月のことだ。それから4年経ち、2009年になった。瀬名氏は「何が変わって、何が新しくなったか。変わらなかったことは何か」と問いかけた。2005年のときのイベントでは、二足歩行で歩くトイロボットはなかなかなかったが、今は色々なものがあって、実際に遊べる。それがすごいところだと述べた。そしてパネラーに順に「4年間で変わったところ、変わらなかったところ」を問いかけた。

 まず古田氏は「4年前は二足歩行ロボット自体が珍しく、モノを作ること自体を一生懸命やっていた。今は当たり前になった。計算機の速度も上がり、ロボットビジョンを使って認識するのもフレームレートがあがってほぼリアルタイムでできるようになり、運動制御もよくできるようになった。ロボットをいかに使うかという時代になってきた」と述べた。また古田氏はこの4年の間に子供ができたそうで、「人間から学ぶことは多い。歩行機能そのほかが自動的にインストールされる」と会場を笑わせた。

 このほか、日本科学未来館に納品され会場にも静展示されていた「Halluc II(ハルク・ツー)」を紹介。56個のモーターを使い8本足で動き、3段変形する「Halluc2」について「未来の乗り物を創りたかった。ロボット技術はいろんなものを拡張する技術なのではないかと思っている」と述べた。

 山海氏は「HAL」の下半身バージョンの商用化について解説。そして「基本機能が高度化し、安全技術が入り、生活の場にロボットが入れるようになった。人間とロボットを一体化して動かす技術を実現した」と述べた。また、「サイバーダインスタジオ」で見られる河森氏監督の映像作品「TARGET HAL マイクロアドベンチャー」に登場する「マイクロスーツHAL」についてもふれて、小さなアクチュエータを使ってマスタースレーブで遊び的に動かせるようにしたいと述べた。このほか「HAL」の技術を義足に適用した「サイバニックレッグ」についても解説し、これを「鋼の錬金術師」のようなものが出来て来た、と解説。また会場を沸かせた。そのほか、脳活動計測でマシンを動かす「ニューロインターフェイス」についてもふれた。

サイバーダインスタジオでの河森氏監督映像のマイクロスーツHALについて解説する山海氏日産「デュアリス」像。河森氏デザインfuRo「Halluc II」。カバーの裏には実は河森氏のサインがある

 河森氏は「4年間経っているような気がしない」と話を始めた。当時、「ジャパンロボットフェスティバル2009 in TOYAMA」総合プロデューサーの柴田氏とも話したあとで、実は親戚だということが分かったとエピソードを紹介。さらに前回は榊原機械株式会社()による「ランドウォーカー」があって、ちょっと操縦体験などもした、という話をしたところで、「親戚」の柴田氏が飛び入りで壇上に登場、「ロボットが人に受け入れてもらうには技術ばかりではなく文化の部分が非常に重要だ」と述べた。

 河森氏は「ランドウォーカー」操縦体験について、すり足歩行だがかなり揺れること、また股下が見えないのでテレビモニターの必要性があることなどを実感したと言及。また会場に展示されていた東京大学 稲葉研究室の「小太郎」なども、特に肩の関節が面白いと感じたという。また、第1回開催当時、出淵氏は「HRP-2」が会津磐梯山を踊るのを富山で初めて見たと仰っていたそうだ。またみんなの注目「デュアリス」については、「パワードスーツ」という言葉が全国CMで使える時代になったんだなあと感慨深かったという。山海氏の「HAL」も足ユニットを装着させてもらったそうで、不思議なシンクロ感があり、すごく面白かったと述べた。今はその不思議なシンクロ感をどうやって作品に反映させるか考えているところだという。

左から古田貴之氏、山海嘉之氏、山海嘉之氏柴田氏も飛び入りで参加

 河森氏は「マクロスF」に登場する「EX-ギア(エクスギア)」という強化外骨格を紹介した。単に力を増幅するだけではなく空を飛べるというところがフィクションなのだが、それを使って空を飛ぶ感覚を学んでいると、そのまま大型のロボットの操縦にも応用できるようにしたのだという。大きな戦闘機を飛ばして練習するのはコストがかかるが、等身大のパワードスーツで練習できると良いんじゃないかと考えたのだと述べた。

 山海氏はこれに対して強化外骨格を付けて登場する「マクロスF」の主人公の名前をもじって「アルト思います」と受けた。またロボットスーツ「HAL」は環境が厳しいところでも使えるように考えられており、また色々なフィードバックを大きさの系が違うところでも感じられるようになっていると語った。そして小さいものもということで「サイバーダイン・スタジオ」での「TARGET HAL マイクロアドベンチャー」では小型の「マイクロスーツHAL」を河森氏と考えたのだという。古田氏は「技術の使い方」というところで河森さんはすごいセンスを持っているとコメントした。河森氏は文章で書き込むことができる小説と違って、一目で分からなければならないアニメならではの苦労を語った。飛び入りで参加していた柴田氏は「私もHALを着けて体験したい」と述べた。

アニメ「マクロスF」に登場する「EX-ギア」を解説する河森氏「EX-ギア」プラモデル。バンダイから発売中

 ここで瀬名氏は自分自身の4年間の変化の一つとしてパイロットの免許を取得したことを紹介した。飛行機に乗ったことで最初は見えない周囲の出来事、すなわちまわりの飛行機の位置や風が馴れていくに従ってだんだん見えてくることに気づいたという。しかも1週間2週間で自分がどんどん変化していくのが面白かったと語った。

 もともと航空工学を学んでいたという河森氏もアメリカで練習機に乗って、特技監督の板野一郎氏と一緒にアクロバット飛行や空中戦体験をしたときのことを紹介した。空中戦では、すれちがった瞬間に勝ったか負けたか分かるのだという。この話に対して古田氏は「ロボット技術はやはり拡張技術だと思う」と述べた。

 瀬名氏は「マクロスF」の作中シーンで「EX-ギア」を着けたパイロットがマスタースレーブ方式で、自分の手の動きでバルキリーを外から操作する場面について、実際のパイロットたちも手でやると述べ、「あの手の感覚を自分のなかにうまく持ちながらやっているのだろう」と語った。河森氏は身体感覚の重要性を強調すると同時に、人間のすごいところは、人型だけではなく飛行機だろうが車だろうが形も駆動系も全く違うものが操れるところだと語った。

山海嘉之氏

 脳科学的な視点というところで山海氏がコメントし、脳は自由度が高くてかなりのものが受け入れられてしまうと述べた。河森氏は「きわどい話ですが」と断りつつ、剣道の達人が木刀の先端まで意識を通す事ができるというエピソードを紹介した。それに対して瀬名氏は五感はいろいろ混じっているもので、目隠しするとワインの味が分からなくなるといったこともある、たぶんいろいろあるんだろうと思うとコメントした。柴田氏は意識的な部分と無意識の部分があり、そういったものがロボットの技術に使われてロボットと人間の機能が共存すると面白いのではないかと述べた。

 古田氏はロボットに対して「人を知るという極と、ミッションをこなすという極がある」と述べた。「Halluc II」は車というものを打破しようというところから始まったという。人機一体の話も、制御屋である古田氏から見れば対象のモデルを作って、それにどのように自分のダイナミクスを投影するかという話に見えるという。メカはミッションと機能に最適化して、操縦系はいかに人間の機能にあわせるかがキーなのではないかと述べた。

 瀬名氏は2次元空間での動きと3次元ではぜんぜん違うと語り、ロボットも2次元と3次元では重力感のようなものが変わって来るのではないかと語った。また飛行機に乗ると単に自分一人の感覚だけで判断するのではなく、地上管制官からのコミュニケーションも必要になる。そのような他の視点からのサポートと、コミュニケーションすることが知能に影響するのかもしれないという。

 河森氏は「マクロスF」に登場する「ヴァジュラ」と呼ばれる宇宙生物の「集合知能」は、まさにそのような視点を入れようとしたものだと述べ、ここで古田氏からのリクエストに応じて、新作の「劇場版マクロスF 虚空歌姫」の予告編が会場に流された。富山でも10月1日から「マクロスF」テレビ版がオンエアされることが決まったという。映画版はテレビ版とかなりストーリーが異なる。映画は前後編2部作で、主人公のアルト、ヒロインのランカ・リーとシェリル・ノームらの関係も異なる。映画版はランカとアルトは最初から知り合いで、シェリルにはいろいろと謎が秘められているそうだ。

「マクロスF」DVD宣伝ポスター。発売中「劇場版マクロスF 虚空歌姫」宣伝ポスター。11/21日からロードショー「マクロス」に登場する変形戦闘機「バルキリー」1/60モデル。やまとの展示から

 古田氏は河森氏のメカデザインを絶賛。「機能美」が感じられるという。河森監督の直筆のコピーの展示ブースをみんな見たほうが良いとプッシュした。特に古田氏が好きな機種は「VF-27」だそうだ。そして「マクロスはロボット好きじゃない人でもいろんな人でも楽しめる。河森監督の作品は『愛』なんですよ。メカへの愛も伝わってくる」と熱烈なオタクトークを炸裂させた。山海氏も大学院の一年生くらいに見たという昔の「マクロス」を振り返り、「ロボットも良かったけど、文化背景も良かった」と激賛。古田氏は「技術をどう使うか」という点が描かれているところが面白いと再び強調した。

 河森氏は「マクロスF」の舞台となる「マクロス・フロンティア」という宇宙船団の設定について解説し、技術をどんどん入れていく船団は別にあることにして、そうでないものを描いたと述べた。だが古田氏の河森メカトークは留まるところを知らず、飛行機型と人型へと変形する戦闘機「バルキリー」の中間形態「ガウォーク」への愛へと続いた。河森氏は子供のころにカエルが好きだった、カエルは3段変形+手が出る動物だとルーツはカエルかもしれないと語った。

「VF-27」ファイター形態の準備稿(会場内の河森氏コーナーから)「VF-27」バトロイド形態の準備稿(会場内の河森氏コーナーから)古田貴之氏

 ひとくさり「マクロス」に関するトークが続いたあと、話題は再び「人機一体」に戻った。山海氏は「HAL」をずっと着けていると脱ぐと逆にちょっと変な感覚があるが、ベテランだとさっと切り替えることができるというエピソードを紹介し、人間とロボットが一体化するときの脳の可塑性や、ニューロリハビリ効果について述べた。瀬名氏や河森氏も、飛行機搭乗時の体験として、訓練中は平気だが、訓練が終わったあとに逆に揺れている感覚があることなどを語った。スキーでずっと滑っていたあとはスキー板を外したあとに変な感覚があると古田氏は受けて、アクチュエーターでサポートして人間の機能を拡張するときには、両者が一体になった内部モデルができてきたあとに、人機一体が可能になるのだろうと見解を述べた。

 瀬名氏によれば、スイッチを一つ一つ入れて、スタンバイしていくときに人間側もだんだんそういう状態になっていくのだという。また、操縦桿も馴れないうちは重いが、だんだん軽くなってくるのだそうだ。アクロバット体験で6日間で40万円程度のコースがあるそうで、河森氏はそういうツアーに是非参加したいと語った。特に飛行機が急激にクルッとロールするときの速度などが面白いのだそうだ。そのような体験は、「マクロス」シリーズの中にも反映されているという。

1/72スケール「RVF-25」メサイアバルキリー ルカ機 with ゴースト。

 また、「マクロスF」の最終回では「ゴースト」と呼ばれる無人機が1機だけではなく他の機体と協調して行動するシーンがある。そういうシーンも、ロボット本体だけではなくセンサーがユビキタス環境そのほか周囲のものと協調しながら動くべきだという考えから映像化されたものだという。瀬名氏はじめ他の登壇者たちも今後はロボット単体ではなく街や他のロボットとの兼ね合いが重要になっていくだろうと述べた。

 また、作中で多くの目標を狙うときに視線でロックしていくシーンがあるが、それは河森氏が速読を習ったことがあり、この動きが使えるなと思ったのだと語った。山海氏は視線追尾システムはかなり研究されており、目や脳の情報はだんだん活用できる段階に入ってきていて、人を拡張したり支援するところに使われていると紹介した。古田氏も視線制御はノイズとの戦いであり、視線制御単独ではなく、他の情報と組み合わせるべきだとコメントした。これからはノイジーな環境でいかに動かすかが勝負だと語った。河森氏は、脳波コントロールでは危険で、いったん視線という形で出力するようにしたほうが安全なのではないかと考えたのだそうで、山海氏は「HAL」はまさにそのような発想であり、脳から筋骨格系に指令が出るようなゲートがないと動かないようにしてあると紹介した。古田氏もセンシングだけで動くのは危険で、やはり決断は人間が行ない、ロボット技術はサポートする技術であってほしいと語った。

30年後、fuRoのロボットは火星に、「マクロスF」の2部目は「来年を目処に」

瀬名秀明氏

 最後に瀬名氏は今後の5年間、さらなる未来、30年くらいだとどうなるかと登壇者3人に振った。

 山海氏は、安全技術が重要だと述べ、安全の原則が技術のなかに入り込むことで、5年後では難しいけど、さらに先には社会的ルールをロボット技術に組み込んだようなものが出て来るのではないか。そうなってこないと超高齢化社会に対応できない、と語った。また数年後くらいには「デュアリス」のようなものもある程度は動いているといいなと述べた。

 瀬名氏は「ケータイも5年前に比べると機能がかなり進化しているように、身近な機械がすごく進化している。そういうものがある状態でのロボットの進歩が考えられる」と語り、河森氏はさまざまな技術がリンクしたときの動きを見てみたい。あたかも集合知能のようなことをロボットで行なえるのではないかと願望を語った。

 古田氏は安全性には間違いなく限界があると語った。リスクアセスメントを行なって標準化してという動きは進んでいるものの、機能安全には限界があるという。たとえば車は運用ルールで安全にしているように、使い方が重要になるため、「技術をどう使うのか」という社会の文化が重要になると述べ、「だからみんな『マクロスF』を見ましょう!」と会場に呼びかけた。

 そして「僕のロボットは30年後に火星に行ってます」と語った。千葉工業大学にはいま惑星探査研究センター(所長 松井孝典氏)が設置されており、そことfuRoとが一緒になって火星探査ロボットを創ろうとしているという。学内には火星の模擬システムを作って研究中であり、また人が乗れるような大型のロボットも作っているので、それは2年後くらいには何かしらを一般公開できるだろうと語った。瀬名氏は『火星縦断』(ジェフリー・A. ランディス/早川書房)というハードSF作品を紹介した。

河森正治氏

 河森氏は、火星にロボットを送ったときにはどんな探査が行なわれるのかと問うた。通常のロボットアニメでは、攻撃能力が増大するが、感覚が拡張するとどうなるのかという疑問で描いたのが『創聖のアクエリオン』だったという。感覚が拡大しても、ちゃんとフィードバックがかえってくるようなものを描きたかったという。例えば、探査ロボットが火星の砂に触ったり、真空中にアームを出したときの感覚を、どういう形かは分からないが感覚で伝えてくることができれば面白い、というわけだ。

 古田氏は河森氏の問いを受けて、技術的にハードルが高いところにいかないといけないと思っていると述べた。「確かに性能は上がったけど、技術のカテゴリそのものはあまり変わってない。枠を外れたところに行かないといけない」と語った。

 最後に瀬名氏から、5年後、10年後の作品はと問われた河森氏は、10月に放送が始まる『あにゃまる探偵キルミンずぅ』という物語を紹介。動物になったら世界観が変わるのではないかという発想で創られた作品だという。そして「マクロスF」の2部目は「来年を目処にしている」と語った。古田氏は、河森氏の世界観を実現できるところまで技術をもっていくのが目標だと述べ、山海氏はこの4人でハリウッドに乗り込むのも一つの手だと述べた。河森氏は例えば「ロボットスーツを着て映画を見る」というアイデアはどうかと語り、そういうことが可能になれば革命的に変わると思うと述べた。

 最後に会場からの質問が一問だけ受け付けられたが、古田氏は河森氏のファンだという会場の質問者に対して「どうだ、オレは近くにいるぞ! 近くてうらやましいだろう」と語りかけるなど、終始、河森作品そのほかへの「愛」に満ちたトークセッションとなった。

4ショット会場の様子デュアリス像が見守るなかトークが行なわれた


(森山和道)

2009/10/7 17:08