小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジンが海外展開へ

~NECと米Aerojet-Generalが協業、NASAの探査機に搭載される可能性も


 NECと米Aerojet-Generalは8月3日、人工衛星向けイオンエンジンの開発・販売について、協業していくことを発表した。NECが宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同開発した小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジン「μ10」をベースに、汎用化していく。今年10月末までに正式合意し、2011年の販売開始を目指す。

記者会見には、NEC航空宇宙・防衛事業本部の近藤邦夫副事業本部長(右)、同本部宇宙事業開発戦略室の高橋実室長(中)のほか、JAXAから國中均教授(左)も出席した小惑星探査機「はやぶさ」に搭載されたイオンエンジンの原型モデル。実証実験に使用された実物で、キセノンイオンが噴出する左側に焦げたような跡が見られる

 NECの宇宙事業の歴史は古い。日本初の人工衛星となった1970年の「おおすみ」を開発したのも同社である。天文観測衛星や月・惑星探査機など、特に科学衛星の分野を得意としており、「科学分野では、“世界初”や“世界最高”などが求められてきた。そういった特殊なミッションでも、フレキシブルに開発できるのが我々の宇宙事業の特徴」(NEC航空宇宙・防衛事業本部の近藤邦夫副事業本部長)という。

同社が手がけた人工衛星の一部。特に科学衛星が充実している日本の有人施設「きぼう」においても、ロボットアームなどを担当している

 人工衛星は非常に数量の少ないビジネスである。基本的に1回の受注で1機しか作らないし、頻度もそう多いものではない。これが高コストになっている一因ともいえる。低コスト化には、売る数を増やす必要があるが、国内需要だけでは十分な規模を確保できない。同社は、宇宙事業について「産業化を目指して積極的に海外展開していく」としており、今回、米社との協業を決めた。

 今回、米Aerojet-Generalと協力して販売していくのは、小惑星探査機「はやぶさ」に搭載された「μ10」と呼ばれるイオンエンジン。μ10は「はやぶさ」に最適化された“一品もの”であったが、他の衛星にも搭載できるように、インターフェイスを汎用化する。具体的には、データ通信や電源システムのI/O部で、モジュール化により交換を容易にする。また推力についても、オリジナルの8mNから10mNに向上させることを考えている。

 JAXAでは、次世代のイオンエンジンとして、直径を20cmに大型化した「μ20」の開発も進めているが、こちらは協業の対象には含めない。海外販売するのは、「はやぶさ」のμ10(直径10cm)をベースに改良したものだけだ。μ10の開発成果利用に関する許諾等は、現在、JAXAとNECで調整中とのことだ。

 協業では、米国市場でノウハウがあるAerojetが機器仕様を提供する。性能の向上やインターフェイスの汎用化をNECが行ない、日本市場・米国市場でのマーケティングはそれぞれが担当する。協業合意は今年10月末までに締結し、2010年1月より米国市場で提案活動を開始、2011年よりイオンエンジンを販売する予定だ。

今回の協業におけるNECとAerojetの役割分担Aerojetは米国市場でエンジン供給に実績がある協業のスケジュール。協業はNEC側から提案したそうだ

 イオンエンジンは燃費に優れるため、静止衛星など、すでに多くの人工衛星で採用されてきたが、これまでは大型のものが中心だった。μ10はイオンエンジンとしては小型になり、「300kg~500kgクラスの小型衛星で採用が期待される。我々としては、NASAの深宇宙ミッションにも注目している」(NEC航空宇宙・防衛事業本部 宇宙事業開発戦略室の高橋実室長)という。

 μ10の特徴は、マイクロ波により無電極でプラズマを生成すること。従来の電極を利用するタイプに比べ、長寿命化が可能となる。またイオンを加速するためのグリッドには、金属系のモリブデンに変え、カーボン複合材を採用。これも長寿命化に貢献している。すでに「はやぶさ」では、4基のイオンエンジンで累計3万5千時間以上の運転時間を達成しており、実績としては十分といえるだろう。

イオンエンジンの仕組み。キセノンガスをイオン化して、グリッドで加速する従来型(左)との比較。電極がないので、イオンエンジンの寿命が長くなる「はやぶさ」での実績。来年の帰還までに、十分なキセノン残量(緑線)がある

(大塚 実)

2009/8/4 13:49