“月探査計画”がテーマのイベント「Fly me to the Moon in AKIBA」レポート

~かぐやの功績やSELENE-2の探査ロボット、有人探査計画も紹介


次の月探査プロジェクトで搭載予定の探査ロボット「月面ローバ」のテスト機

 8月23日(日)まで秋葉原で開催中の環境問題を題材にしたイベント「アキバグリーンフェスティバル2009」の中で、7月18日(土)、19日(日)の2日間に渡り、宇宙航空研究開発機構(JAXA)主催の無料の宇宙関連イベント「Fly me to the Moon in AKIBA」が開催された。日本の月周回衛星「かぐや」と、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」をメインにしたイベントである。秋葉原UDXでは、かぐやの成果などを中心にパネルや模型などが展示された。また、今月10日にグランドオープンしたばかりの秋葉原の新たな大型イベントホールのベルサール秋葉原では、月探査プログラム特別講演会を実施。かぐやの開発や科学探査、今後の月探査についてプレゼンが行なわれた。その両方を合わせて紹介する。

秋葉原UDXでは展示「かぐやと今後の月探査、そしていぶき展」と「かぐやシアター」を実施

 今回のイベントのメインは、日本の月周回衛星「かぐや」(正式名称はSELENE:SELenological and ENgineering Explorer、セレーネ)。アポロ計画以来の大規模な月探査計画としてスタートし、2007年9月14日に打ち上げ。そして、月面のハイビジョン映像を皮切りに、数々の詳細なデータを約1年半に渡って取得した。そして燃料切れが近づいたことから、今年の6月11日に人為的に月面に落下させ、運用は終了となった。

 今回はその功績を称えるイベントとなっており、秋葉原UDX会場の展示タイトルは、「かぐやと今後の月探査、そしていぶき展」。同展示では、1/10かぐやの展示に始まり、かぐやが達成した探査の概要やその成果の各種解説パネル、かぐやに実際に搭載されたメインエンジン「500N」の同型機(データ中継技術試験衛星「こだま」用のアポジエンジンとして開発され、2000年4月に実際にテストを行なったもの)などが展示された。

 ちなみに、月面に「落下した」のではなく、「落下させた」のは、そのまま放置して変なところに落下してしまうと、今後の月面観測に影響に影響を与えることもあるため。なんかもったいないし、かわいそうな気もするが、スペースデブリを増やさないということからも、必要な措置なのである。

かぐやの1/10スケールモデル。おきなとおうなもあるかぐや1/10スケールを後方から同じく左側
かぐやに搭載されたエンジン「500N]の同型機。実際にテストで使用されたため、焦げているかぐや内部構造の模型かぐやが成し遂げたことが多数のパネルで解説されていた
かぐやの功績のひとつが、完全な地形データを取得したこと。これまでは死角があったかぐやのデータを基にして作られたティコクレーターのディオラマハイビジョンによる撮影もかぐやの功績のひとつ。これは地球の入り

 また、かぐやに搭載された機器を開発したメーカーのブースも用意された。「レーザー高度計」(LALT:Laser ALTimeter)を開発したNEC、ハイビジョンカメラをはじめ8種類の搭載機器の開発に携わった明星電気、太陽電池パドルを開発した三菱電機などである。そのほか、ISSの日本実験棟きぼうの運用や管制などを目的に設立された宇宙技術系企業の有人宇宙システムも出展。同社が米ビゲロー・エアロスペース社と共同で進めている宇宙ホテルの模型(既に実験中の「ジェネシス」と2012年頃完成予定の宇宙ホテル)や、ISSに滞在させた藻の一種「ディナリエラ・ターティオレクタ」の内、過酷な宇宙環境を生き延びた一部の能力が通常の2倍というものをベースにした健康食品「藻恵美茶ビュー・ティー タティオ」などを展示していた。ハイビジョンカメラで撮影した映像を、天体クラスの体格を有する巨人の視点のようになるように、NHKとJAXAがより立体感を強調した3Dハイビジョン「The Moon & The Earth」の上映も行なっていた。

NEC製のレーザー高度計ISSに搭載されている計測機器で、明星電気製の中性子モニタ三菱電機は、このシールドのような太陽電池を開発した
有人宇宙システムブースで展示されていた、共同開発中のビゲロー・エアロスペース製宇宙ホテルの模型こちらは、ビゲロー・エアロスペースがNASAから買い取ったジェネシス。実際に宇宙でテスト中ISSの宇宙環境で大部分が死滅した中、たった3株だけ生還した藻を使った健康茶「タティオ」

 そのほかの展示としては、まずアキバグリーンフェスティバル2009ということで、展示のもうひとつの主役である「いぶき」。いぶきとは、温室効果ガス観測技術衛星「GOSAT」(Greenhouse gases Observing Satellite)の愛称で、こちらもかぐやほど多くはないが、模型や解説パネルなどが展示されていた。さらに、JAXAが手がけているかぐや以降の月探査を含めた宇宙探査・開発プロジェクトも紹介。国産ロケット「H-II」シリーズの集大成である強化型の「H-IIB」や、そのH-IIBを使って打ち上げる国際宇宙ステーション(ISS)補給機「HTV」(H-II Transfer Vehicle)、金星探査機「PLANET-C」、現在JAXAで研究中の宇宙太陽光発電「SSPS」(Space Solar Power System)などだ。また、ISSやスペースシャトルで利用されているNASAの船外活動ユニット「EMU」を装備した宇宙服の展示と解説もあった。

いぶきの模型。今年の1月23日に打ち上げられ、現在運用中シリーズの集大成となる最も打ち上げ能力のあるH-IIBの模型ISS補給機HTVの1/25スケール模型。立派な宇宙船である。技術実証機の打ち上げが、9月11日に行なわれる
金星探査機PLANET-Cの1/16スケール模型。人の同縮尺模型と比べると大きさがわかる宇宙太陽光発電SSPSの模型。発電衛星から、マイクロウェーブやレーザーで地上に送電している様子だ船外活動ユニットEMU

 また「かぐやシアター」では、直木賞作家の志茂田景樹氏による月を題材にした子供たちへの読み聞かせなどを実施。さらに、宇宙関連教材やグッズなどの販売や展示もあり、にぎわっていた。また、記者はタイミングが合わなくて見られなかったが、ウルトラマンコスモスとの記念写真なども行なわれていたようだ。

かぐやシアターで「かぐや姫」を読み聞かせる、志茂田氏月の砂レゴリスと同一成分で人工的に作られたレゴリス・シミュレントによる陶芸品も展示
エム・ティ・プランニング製の科学館向け教材「MOONSCOPE」月球儀。ユビキタスシステム搭載端末をかぐや墜落地点や各地のクレーターなどに近づけると、その地点に関する情報が表示される

今後の月探査で活躍する予定のロボット「月面ローバ」の実験モデルも展示

 今回の展示で特に注目だったのは、月面探査ロボットの「月面ローバ」(愛称はのちに公募の予定で、現在はなし)だ。2015年前後に打ち上げ、月面に着陸する予定の、かぐやの後継機「SELENE-2」に搭載されるロボットである。展示されていたのは、実際にテストに使われている機体で、動作させることも可能。ただし、今回はスペースの都合などで、ディオラマの一部として披露されていた。なお、実際の機体は、これをベースにして新たにもう一回り大きなサイズで作り、それを月に送り込むことになる。

 予定している実機のサイズは900×900×600mm(幅×奥行き×高さ)で、重量も最大で100kg(火星探査車のスピリットとオポチュニティと比べると、半分よりやや重い程度の重量)。材料はCFRPで、ハニカムBOX構造を取る。消費電力は70W級で、バッテリには最近になってやっと宇宙での利用が可能になったというリチウムイオンバッテリを予定している(宇宙での使用は、信頼性の非常に高い技術でないと使えない)。低温環境にあまり強くないバッテリなので、現状でその点が克服すべき大きな問題点のひとつだという。東芝製「SCiB二次電池」など、もっと低温環境に強く、実効容量、寿命、安全性などの面でもリチウムイオン電池を上回るバッテリもあるのだが、技術的に新しい物は利用できないため、搭載は難しいようである。走行性能は登坂角度が25度以上、走行距離は1km以上。アームは4軸構成で、把持と研削が可能で、可搬重量は2~5kg。カメラは130万画素以上、通信は2Mbps以上(S-band、UHFを使用)としている。搭載機器としては、マルチバンド分光双眼カメラ、中間赤外カメラ、ガンマ線分光計、地中レーダー、地盤特性計測ツールなどを予定している。

月面ローバのテスト機。SELENE-2に搭載されるものは、これより一回り大きくなる顔のアップ。ステレオカメラを搭載しており、ウォーリーのようなかわいいイメージも
サンプル採取用のロボットアームこのテスト機は4つのクローラで構成されるが、移動手段に関しては研究中

 月面ローバの開発で特に重要とされているのが、表面移動、耐環境、操作制御、作業の4分野の技術。まず移動についてだが、難しいのが、月面がレゴリス(細かい砂)に覆われており、足を取られやすいこと。特に登坂する時などは、空転してしまってうまくいかないようである。展示されていた試作モデルは4つのクローラを採用して車重の分散と、4輪駆動車的な駆動力の確保を狙った形になっていた。またそれ以外にも、車輪型などもテストが行なわれている模様だ。

 耐環境に関しては、前述したように高温と低温になることが最大の問題。太陽光が当たる場合は排熱を考慮する必要があるが、エネルギー問題的には太陽電池が使えるので心配がない。問題は夜で、月は昼と夜がそれぞれ約2週間ずつという状況なので、夜がそれだけ長いと太陽光発電では持たない。しかも、月面は言わずもがなの大気がないに等しいのもあって、非常に低温になることから、前述のバッテリの問題も含め、機器を持たせる技術も必要となる(昼と夜の寒暖差は300度近い)。リチウムイオン電池に対し、外部のマイナス170度という低温環境が影響しないようにボディを開発できるかが、耐環境技術開発の焦点のひとつというわけだ。また、レゴリスから機械を守る防塵技術も重要視されている。月面はレゴリスに覆われており、風はないが重力が約1/6なので自分のクローラなどでそれだけ舞い上がらせてしまいやすい。そんな中を移動するので、地球の砂漠環境と同等の防塵技術が重要というわけだ。

 操作制御技術に関しては、自動操縦技術の精度を上げる必要がある。地球-月間の約38万kmの距離は光でも片道1.3秒かかることから、月面ローバの直接の操作は難しい。突発的な事態が発生した時に、映像情報が約1.3秒かかって日本の管制室に届き、判断を下して命令を発信してまた1.3秒では、間に合わない可能性が高くなってしまう。そこで、以下の3つの技術の研究開発が進められており、自動操縦技術をブラッシュアップしているというわけである。1つは、地形を計測し、詳細な地形図を自動作成すること。2つ目は、地図を照合し、自分の現在位置を知ること。そして3つ目が、障害物を避けた最適な経路を自動生成するということだ。

 最後の作業技術とは、岩石やレゴリス、地盤を調べる技術と、機器の設置や結合、施設、土木などの技術を扱う。月面ローバに搭載したマニピュレータで、さまざまな作業を行なうわけだが、どうすれば確実に行なえるかということで、設置する機器も、マニピュレータでの設置を前提にした設計にするなど、これまでの宇宙探査にはない部分の創意工夫が求められるようだ。

 なお、SELENE-2の着陸候補地点および月面ローバの探査地域は、現在のところ複数が挙げられている。概ね、南極・北極、南極エイトケン盆地、大型クレーターの内側、月面裏側の高地が候補となっている。南極および北極は、1年間を通して太陽光が当たらない(氷がある可能性がある)場所であったり、逆にほとんど夜にならないために太陽電池で長期間の観測を行なえたりする場所であるという理由。有人月面拠点の建設予定地でもある。南極エイトケン盆地は、大きな衝突によってできたクレーターで、月の深部岩石が表面に露出している地域だ。月の謎にさらに迫るためには、月の奥深くを調べる必要があり、表面に露出している深部岩石を調査するというわけである。大型クレーターの内側も同じ理由だ。月の表側の複数の地域にある大型クレーターを対象としているが、その中央部にはクレーター形勢時の最後に深部物質が盛り上がってできた丘がある(水滴を垂らすと、最後に中央部が跳ね上がるのと同じ要領)ものがある。裏側の高地も同じコンセプトで、マグマの海から最初にできた物質を調べられることを理由としている。

SELENE-2以降の日本の月探査計画ロードマップ

 かぐやによる大規模な月探査計画を成功に導いたJAXA。この後の日本独自の月探査計画として、SELENE-2、その次のSELENE-X、そして国際協働となる予定だが有人月面探査がある。これら複数の計画のロードマップも展示されていたので、紹介しよう。かぐやとそれ以降の3つの計画について、技術開発、月の科学的調査、月の利用のための調査、国際協働の4点についてそれぞれ目標が示されている形だ。なお、それぞれ4分野に関する全体的な目標というものも掲げられている。技術開発においては、自在で自立的な宇宙開発の能力と基盤技術の確保と維持。月の科学調査は、地球を初めとする固体惑星の起源進化の全体像の把握だ。そして月の利用の調査に関しては、月および月資源を人類の活動に利用するための可能性調査とする。最後の国際協働の目標については、それを行まうことで月探査を効率的に実施することとした。

 まずかぐやについて達成されたそれら4項目だが、技術開発が、周回軌道からの観測と運用技術となる。月の科学調査に関しては、リモートセンシングによる表層物質の情報の固定が成し遂げられた。さらにその情報は、月の利用に関しても活用できる形だ。国際協働は、かぐやの取得データを国際的に公開し、利用できるようにしたというもの。先日、グーグルが「Google Earth 」に「Moon」を追加したが、それで利用されている月のデータも、かぐやが取得したものを無償で提供している。また、SELENE-2以降の月探査計画へのデータとしても、もちろんかぐやが取得したものはすべて活用される形だ。

 SELENE-2では、着陸機(重量は1,000kg程度)の着陸、月面ローバ表面移動、長期滞在が技術開発の目標。月の科学調査については、着陸地点とその周囲(月面ローバによる移動範囲)での月の物質(深部岩石が対象)の詳細観測と内部構造の探査が行なわれる。月面の利用に関しては、やはり着陸地点とその周囲で環境計測と資源利用の可能性を調査する形だ。国際協働は、国際ペイロードの搭載を検討している。

 2020年頃を予定しているSELENE-X(以前は、SELENE-3と呼ばれていた)は、4分野ごとの詳細な目標は記載されておらず、SELENE-2で得られた成果を踏まえ、状況に応じて最適なミッションを選定するとしている。ただし、月面拠点建設技術の実証、物資輸送用着陸機の技術の確立、無人科学調査によるサンプルリターン(サンプルを地球に持ち帰ること)が行なわれる予定だ。将来の有人宇宙船は月面から帰還する必要があるから、そのためのデータ収集という意味がある。

 その先の2020年以降(実質、2025~2030年頃と予想されている)としている有人月探査では、ISSなどの有人技術の継承と発展、有人によるその場観測および利用への準備、日本人宇宙飛行士の月面探査を掲げている。国際宇宙ステーションのように国際的な形で有人滞在拠点を2025年から2030年頃に月面に建設し、そこに参加するような形になるというわけだ。

ベルサール秋葉原では月探査関連の講演会も

 ベルサール秋葉原で行なわれた月探査プログラム特別講演会。JAXAのSELENEプロジェクトマネージャの佐々木進氏による「SELENEの開発と運用」、SELENEサイエンスマネージャの加藤學氏による「SELENEの科学成果」、そして月・惑星探査プログラムグループの橋本樹明氏と佐藤直樹氏により「今後の月探査」と題した内容である。今後の月探査は、橋本氏がSELENE-2を題材に、佐藤氏はそれ以降のSELENE-Xと有人月探査を題材にそれぞれ講演を行なった。ここでは、探査ロボットの話題も出た、「今後の月探査」のふたつに絞って紹介する。

SELENEプロジェクトマネージャの佐々木進氏による「SELENEの開発と運用」の様子SELENEサイエンスマネージャの加藤學氏による「SELENEの科学成果」の様子

 橋本氏は、まずなぜ月に行くのか、ということからスタート。月へ行くことは月の誕生や進化を知るためだけでなく、それによって45億年前の誕生の頃の地球を知ることができるからだとする。また、同じように風化や浸食などのない月の表面を調べることで、太陽系環境の歴史もわかるというわけだ。また、月の裏側は地球からの光や電波などの各種電磁波の死角となるため、天文台に適している(もちろん大気もない)点もあるし、火星などの惑星探査技術を磨くための場ともなることもある。また、将来は月観光なども考えられるだろう。こうした理由から、月の探査と人類が利用するための準備として、月へ向かうとしている。

 アポロ計画やかぐやによって、月のことがどれだけわかったてきたかというと、かぐやに関してはまだ整理中の膨大なデータがあるのだが、表面から地下1,000mぐらいまではかなりのデータを取得できたそうだ。ただし、まだそこよりも内部のことはよくわかっておらず、月の誕生などを知るには、深部までの詳しい探査が必要という。そのため、SELENE-2では着陸して詳細調査を行なう計画だ。必要とされる技術は、月面ローバのところでも一部触れたが、大別すると、安全・確実に着陸する技術、表面を移動しながら作業するロボット技術、約2週間におよぶ月の夜を越す技術の3つとなる。

月・惑星探査プログラムグループの橋本樹明氏アポロ計画やかぐやにより、だいたい地下1,000mぐらいまでは情報を得られたSELENE-2で必要とされる技術は3つ

 安全・確実に着陸する技術はさらに、狙ったところにピンポイントで着陸できることと、障害物があったら自分で避けることが重要だ。なぜピンポイント着陸技術が必要かというと、クレーター中央丘など、月面に露出した深部岩石そのものの地形は起伏があり、そうした地域のわずかに平らな部分に着陸する必要があるからである。アポロ計画などの時のように、平らな海に着陸したのでは深部の探査は行なえないため、内部構造の最大のサンプルである深部岩石自体に着陸するというわけだ。

 ピンポイント着陸技術を実現するには、探査機が搭載カメラ画像と表面地形データ地図(かぐやで得たもの)を照合させながら、自分の飛行位置を高精度に推定する「地形照合航法」(Landmark Optical Navigation)がまず重要。これは、すでに小惑星イトカワを探査した「はやぶさ」でも用いられた実績のある技術である。そして、「着陸レーダー」(電波高度速度計)。探査機を高精度に安全に着陸させるためには、月面との相対速度を計測する正確なセンサー(速度計)が必須だ。現在、JAXAではレーダー方式の高度・速度計を開発しており、試作モデルをヘリコプターに搭載し、伊豆七島の大島の三原山周辺をフィールドとしてテストを実施している。

左は調査(着陸)地点の候補で、右は現時点で予想されている月の内部構造こうしたティコのような大型クレーターの深部岩石が突き出ている中央丘がターゲットのひとつティコの中央丘にはこのような平らな部分があり、こうした狭い部分に着陸させる技術が必要
ピンポイント着陸技術は、すでに小惑星探査機はやぶさでも利用されている着陸にはレーダーが使われる大島の三原山をフィールドとしたテストが繰り広げられている

 障害物を見つけて避ける技術については、着陸時に転倒、破壊されないことと、着陸後に移動観測が可能であることという条件を満たす必要がある。高さ0.5m×幅1m以上の岩石、直径2m以上のクレーター、斜度30度以上の急傾斜、状況を確認しにくい陰の領域などが回避の対象だ。そうした障害物を認識するためには、画像認識などを用いた複数の手段がある。画像の濃淡から地形を推定する方法、ステレオカメラによる3次元計測法、探査機が動くことを利用したモーションステレオ法、陰のでき方から障害物を推定する方法、レーザーセンサーで地形を計測する方法などがある。そして着陸の瞬間の運動制御も重要だ。レゴリスの特性や斜面などを考慮する必要があり、斜面だと滑っていってしまう可能性がある。

こうした地形は着陸には適さない障害物の認識方法は複数あるレゴリスの特性も考慮する必要があり、これは斜面をズリズリと滑っているシミュレーション

 表面を移動しながら作業するロボット技術に関しては、大別して3つ。砂地・斜面でも走れる足回りの技術、半自動の観測とサンプル採取技術、高温および低温環境・放射線環境・ダスト環境技術とした。内容的には、UDXの月面ローバの解説とほぼ同じだったが、こちらは各種試験の様子も紹介。斜面走行、試作機によるフィールド走行、障害物検知、経路自動生成、サンプル採取機構(ロボットアーム)などの各種試験の様子など、貴重な画像を見ることができた。

月面ローバの予想イラスト。展示されていたテスト機と似ている部分もある斜面走行試験の様子フィールド走行試験の様子
障害物検知(画像認識)の様子経路自動生成の様子を表したCGとサンプル採取機構の試験の様子

 続く、月の夜を越す技術も、月面ローバで説明したこと重複するので、簡単にまとめさせていただく。まず、マイナス170度ほどの月面の夜の低温環境への対策としては、断熱設計が重要とする。また、昼間は逆に120度ほどになる。そうした高温から精密機器を守るために排熱が重要で、可変熱伝導デバイス(サーマルルーバ、ヒートパイプ、熱スイッチ、可変放射率素子など)が必須という。この両極端な昼の排熱と夜の断熱をどう両立させるかという熱設計がポイントとした。また、レゴリスを蓄熱材として使うことも検討している。

 太陽電池の使えない夜に使う電源として、月面ローバのところではリチウムイオンバッテリを挙げたが、こちらではさらに高効率の燃料電池も挙げていた。地上では酸素は空気中のものを使えるが、月面ではもちろん使えないため、水素に加えて酸素も持っていく必要があり、生成された水を無駄なく回収し、昼の太陽電池による電気を使って再び酸素と水素に分解することで再利用する仕組みだ。同時に、着陸地点を夜が短い極域の高地とすることで対応することも考えている。ただし、極域は太陽の高度が低いため、背の高い太陽電池タワーを建てる必要があるという。

月面は昼間の120度から夜間の170度まで、300度近い寒暖の差がある現地でいくらでも調達できるレゴリスを蓄熱材として使用するアイディアが出されている
夜が短くなる極域の高地を着陸地点とし、太陽電池タワーと高効率燃料電池で乗り切る月面へ向かうSELENE-2の宇宙船。先端にあるのがランダと思われる

佐藤直樹氏による講演「有人月探査 WHY? HOW?」

 この日のJAXAの研究者による講演のラストを飾るのが、「今後の月探査」の後半、佐藤直樹氏による講演「有人月探査 WHY? HOW?」だ。まずWHY、つまり日本の有人月探査の意義だが、人類のフロンティアの拡大、人間ならではの能力の活用、技術革新→地上技術へスピンオフ、誇りと教育、国際的地位の確保の5つを掲げる。

 現在、人類はISSを地球軌道上に築き上げて宇宙飛行士が常駐しており、そこまでフロンティアを拡大している。その次が、アポロ計画以来となっている、月というわけだ。人間ならではの能力の活用とは、やはり人間が行なってみて初めて発見できるものも多い、ということである。宇宙開発技術の地上技術へのスピンオフはいうまでもなく、最初はNASAが開発したなどというものが身近にもいくつかあるはずだ。

月・惑星探査プログラムグループの佐藤直樹氏有人探査の意義とは
現在は衛星軌道上に恒久的な宇宙ステーションを人類は建設次に目指すのは、40年前にも一度人類が足を運んで足跡を残した月へ

 そして残りのふたつが、特に日本の有人月探査に関わるもので、日本の有人宇宙技術はどのレベルなのか、日本は実際にどうするのか、というわけである。まずISSの話を出し、実験棟きぼうは、実験棟の中では最大のものであること、9月からは補給機HTVが打ち上げられるようになることなどから、日本の宇宙関連技術が高いレベルにあることを説明。さらに、若田光氏を初めとする、日本人宇宙飛行士も着々と経験を積んでおり、また筑波宇宙センター内にあるきぼう運用管制室で運用・管制に関する経験も日々積まれている。日本の有人宇宙飛行技術の現状としては、宇宙空間で滞在・活動する技術と地上での運用技術は既に獲得しており、まだ実績がないのが、人が宇宙へ行く技術と地上へ帰還する技術というわけだ。

きぼうはISSの中でも最大の実験棟きぼうとHTV。ちょうど取材した19日の午前8時40分にきぼうの組み立てが完了若田飛行士。日本人宇宙飛行士も着実に数を増やしている
きぼうの運用を受け持つ、筑波宇宙センター内にあるきぼう運用管制室日本が有する技術と有していない技術。黄色が有している技術だ

 しかし、人が宇宙へ行く技術に関しても、まったくゼロかというともちろんそんなことはない。HTVを有人輸送システム(有人カプセル)へ置き換えることで対応できるとする。さらに必要なものとして、打ち上げのためのH-IIBロケットのより高信頼性化と、緊急脱出システムの追加を挙げた。これらの技術を新たに開発し、軌道への有人ロケット、軌道間輸送機、月周回軌道へ向かうための有人宇宙船、そして着陸船によって、有人月探査が可能となるとする。また、月面有人施設の建設を描いたイラストも公開されたが、飛行士支援ロボットや、建設ロボットなども描かれており、日本が関わる宇宙開発にはやはりロボット技術が欠かせないというわけだ。そのほか、飛行士が宇宙服を着用せずに過ごせる与圧されたキャビンを持つ月面車なども紹介された。

有人での宇宙往還の技術は、HTVを有人カプセルに置き換えることで対応できるとする月までの有人輸送に必要な機体
建設中の月面有人施設の予想図。飛行士支援ロボットや建設ロボットが活躍している宇宙服のいらない状態で活動できる月面車

 日本の有人月探査は、日本の技術でもって日本人飛行士が月での有人探査を行なう計画だが、具体的には国際協力となるようだ。ISSのように複数の国が共同で有人月探査計画を実行し、そこに日本が参加するという形になる方向で進められている。現在、JAXAは2007年3月に世界の14の宇宙機関による「GES(Global Exploration Strategy、国際探査戦略):国際共同のための共通の認識」フレームワーク文書に合意しており、その内の12機関が2008年8月時点で公式参加を表明した国際宇宙探査共同グループ(ISECG:International Space Exploration Coordination Group)に参加している。こうした国際計画に参加しないことは、政治的な面でも国際的に力を失うことになるため、国際有人月探査計画に参加することは、重要だとしていた。なお、14の宇宙機関は、以下の通り。

【ISECG参加公式表明機関】
・(日本)独立行政法人宇宙航空研究開発機構:JAXA(Japan Aerospace eXploration Agency)
アメリカ航空宇宙局:NASA(National Aeronautics and Space Administration)
イギリス国立宇宙センター:BNSC(British National Space Centre)
イタリア宇宙機関ASI(Agenzia Spaziale Italiana)
ウクライナ国立宇宙機関:NSAU(National Space Agency of Ukraina)
欧州宇宙機関ESA(European Space Agency)
オーストラリア連邦科学産業研究機構:CSIRO(Commonwealth Scientific and Industrial Research Organisation)
カナダ宇宙庁:CSA(Canadian Space Agency)
韓国航空宇宙研究所:KARI(Korea Aerospace Research Institute)
(中国)国家航天局:CNSA(China National Space Administration)
ドイツ航空宇宙センター:DLR(Deutschland fur Luft- und Raumfahrt)
フランス国立宇宙研究センター:CNES(Centre National d’Etudes Spatiales )

【フレームワーク文書の合意のみの機関】
インド宇宙研究機関:ISRO(Indian Space Research Organisation)
ロシア連邦宇宙局:Roscosmos

JAXAを含む14の宇宙機関が協力関係に講演の後は、土屋裕子さんらによる「かぐや、さよならコンサート」が行なわれた

 以上、かぐやとSELENE-2の月面ローバ、そして月面有人探査などについてのイベントレポート、いかがだっただろうか。日本が参加する有人月探査は、2025年から2030年ぐらいになりそうなので、さすがに30代より上の世代にとっては、新たにJAXAの宇宙飛行士に選抜されて参加する、というのは難しそうだが、20代から下の世代は、難関だけど選抜されるチャンスは間違いなくあることだろう。若い人たちには、ぜひ月を目指してがんばってもらいたい。


(デイビー日高)

2009/7/29 13:50