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「ベーダ国際ロボット開発センター」、福岡県宗像市に開設

〜イタリア・ドイツの研究者も加わったロボット研究所


旧玄海町役場を利用したベーダ国際ロボット開発センター

 5月25日、福岡県宗像市江口に、テムザック・福岡県内のロボット研究者、それにイタリアとドイツの研究者が集まったベーダ国際ロボット開発センターが開設され、開所式とマスコミ向けの記者会見があった。

ベーダ国際ロボット開発センターの構成

 ベーダ国際ロボット開発センターは、九州大学大学院の橋爪誠教授を理事長とし、テムザックおよび複数のロボット研究者からなる、ロボットの研究開発を目的とした一般社団法人だ。

 「医療・介護・生活支援分野のロボット開発を行なう組織」となっているが、医療・介護ロボットのみを主流にするのではなく、広い範囲でのロボット開発を行なっていくようだ。

 ベーダ国際ロボット開発センターが開設された建物は、宗像市と合併する前の玄海町の役場として使われていたもので、宗像市の中でも玄界灘に近い地域にある。宗像市といえば宗像大社が有名だが、そこから車で10分ほどの場所だ。

 玄海町役場の機能が宗像市役所に移った後、医療法人財団池友会が旧玄海町役場を購入し、その建物の一部をベーダ国際ロボット開発センターに貸し出す形になっている(1年目は無料貸借、2年目からは低額での賃貸)。

 ベーダ国際ロボット開発センターを構成するメンバーは次の通り。

・理事長:橋爪誠(九州大学大学院医学研究院教授)
・副理事長:高西淳夫(早稲田大学理工学術院教授)
・理事:北野宏明(バイオロジー研究機構会長)
・理事:高本陽一(テムザック株式会社代表取締役)

 この4名の理事の下、「社員」という身分で次に挙げる研究者と企業が開発センターに参加している。

・社員:トーマス・クリスタラー(フラウンホーファー研究機構IAIS研究所所長)(ドイツ)
・社員:パオロ・ダリオ(聖アンナ大学大学院教授)(イタリア)
・社員:南戸秀仁(金沢工業大学教授)
・社員:横小路泰義(京都大学大学院准教授)
・社員:相良慎一(九州工業大学大学院准教授)
・社員:石井和男(九州工業大学大学院准教授)
・社員:宮本弘之(九州工業大学大学院准教授)
・社員:株式会社テムザック
※表記順はベーダ研究所から提供された資料の表記順に従った。

 この中で、南戸秀仁教授は匂いセンサーを搭載したロボットの開発でテムザックと関わり、横小路准教授はT-53援竜の手先制御に関わるなど、基本的にはテムザックと関係のある研究者が集まっている。

 このことからもわかるように、ベーダ国際ロボット開発センターは株式会社テムザックが中心となって運営をしていき、他の研究者はベーダ国際ロボット開発センター内部に研究室の分室を持つという形になるようだ。

 ちなみにテムザックは、本社機能の一部と研究所をベーダ国際ロボット開発センターに移すものの、登記上は本社を北九州市小倉北区に残し、また小倉北区にある西日本工業大学地域連携センターでも西日本工業大学との共同研究開発を進めていくとのことだった。

 25日はベーダ国際ロボット開発センターで午前中に開所式があったが、先に午後から玄海ロイヤルホテルで行なわれた記者会見の内容からお伝えする。

T-52援竜の前で写真に納まるベーダセンターのメンバー ベーダセンター内部。ここではロボットの組み立てなどを行なうらしい ベーダセンターの屋上から見た風景。正面に見えるのは大島で、宗像大社中津宮が鎮座することで知られている
記者会見で発表されたベーダセンター周囲の航空写真。ただ、地元では有名な「道の駅むなかた」が写っていないことから、少し前に撮られたものか? ベーダセンターの概要

ベーダ国際ロボット開発センター発足の経緯

記者会見の行なわれた玄海ロイヤルホテル。ベーダセンターから東に2kmほど行なったところにある

 ベーダ国際ロボット開発センターに建物を貸しているのは、福岡県内に4つの病院を運営する医療法人「池友会」だ。記者会見では池友会が旧玄海町役場を取得した経緯から説明があった。

 池友会は、福岡県内で福岡和白病院(福岡市東区)、福岡新水巻病院(遠賀郡水巻町)、新小文字病院(北九州市門司区)、新行橋病院(行橋市)の4つの急性期病院を経営する医療法人財団だ。

 池友会では島嶼地区における緊急医療体制の整備を信念として持っていたが、実際に島嶼に医療施設を作って運営するとなると莫大な費用がかかる。そこで民間のドクターヘリを運用することにより、島嶼地区の緊急医療の充実を図ろうとした。

 そのためにはヘリコプターの運用基地が必要なため、池友会の4つの病院のほぼ真ん中で、できれば海に近く、近くに人家の密集していない場所を探していた。

 たまたま宗像市との合併により、役場機能を宗像市役所に移転させた旧玄海町役場が空家になっていたため、池友会はそこを宗像市から取得。ヘリの運用基地と地域住民のための診療所を兼ねた玄海ヘリクリニックを開設した。

 しかし、玄海ヘリクリニックは旧玄海町役場の建物の一部しか使っておらず、残りの部分の貸借を考えていた。ただ、宗像市は医療法人財団が使用するということで購入を認めており、利益の出るような賃貸契約は認められなかった。

 その頃、テムザックはロボット研究開発のため、広いスペースの取れる場所を探していた。そして福岡県の大都市である北九州市と福岡市の中間地帯を候補地として検討に入っていた。

 そのテムザックに、同じ医療関係で池友会とつながりのあった九州大学の橋爪誠教授から話があり、テムザックが池友会から旧玄海町役場の使用していない部分を「研究所」として借りることになった。

 それでも部屋が余るため、テムザックは軽い気持ちで関係のある研究者に話を出したところ、「ぜひとも部屋を借りたい」ということになり、結果として何人もの研究者が参加するロボット研究所を立ち上げることになった。これにより「ベーダ国際ロボット開発センター」が発足することとなったのである。

ホテルには歴代の番竜が展示されていた 記者会見の行なわれたホール「沖津」。この名前も宗像大社の沖津宮にちなむもの 記者会見の前に立地協定書の調印式を行なう、ベーダセンターの橋爪誠理事長(左)、池友会の伊藤翼理事長(中)、宗像市の谷井博美市長(右)
挨拶する谷井博美市長 ベーダセンター理事長の橋爪誠教授の挨拶 今回の経緯について説明する池友会の蒲池真澄顧問
池友会のドクターヘリ「WHITE BIRD」。長崎県の対馬や五島列島まで飛んでいくという。 玄海ヘリクリニックから見たベーダセンター。隣接しているのがわかる

ベーダ国際ロボット開発センターの内容

 ベーダ国際ロボット開発センターの「ベーダ」は、古代インドの聖典「リグ・ベーダ」から取ったもので、古代インドで「知識」を意味する言葉だ。

 ベーダセンターにはテムザックが常駐し、ここに籍を置く研究員(ベーダセンターでの名称は社員)はロボットの開発のためにベーダセンターにやってくるという形になるようだ(ベーダセンターから最も遠いトーマス・クリスタラー教授に話を聞いたところ「年に2回ぐらい来日を予定している」とのことだった)。

 基本的に研究員にはロボットの開発に従事してもらい、テムザックがベーダセンターの外との交渉を担当して、ロボットの開発および製品化を進めていく。

 当面の目的は、「自治体・企業とのロボットの共同開発」だ。

 高本社長は、産総研などを有する筑波地区に対抗できるロボット開発体制を整え、国の予算を獲得してロボットを開発したいと語っていた。

 企業との共同開発については広くパートナーを募集し、またいくつかはすでに共同開発が進んでいるという。高本社長は数カ月後には発表できるかもしれないとも語っていた。

壇上に並んだベーダセンターのメンバー。福岡市で開催された機械学会出席のため何人か欠席し、また南戸氏は代理人が出席 1人ずつ紹介された ベーダセンター内部の紹介
ロゴデザインについての説明 ベーダセンターの活動内容 事業モデルの説明。テムザックが仲介していくようだ
事業モデルその2 事業モデルその3 会場で事業パートナーの募集もしていた
ドイツとイタリアの大使館から科学技術担当官が来場し、挨拶を行なった

宗像大社の神事も行なわれた開所イベント

 25日の1日に限り、ベーダ国際ロボット開発センター内部を一般に公開。また午前中は開所に伴い、近くの保育園の園児の招待、宗像大社の神官を呼んでの神事が執り行なわれた。

 招待されたのはベーダセンターから丘を越えたところにある「玄海風の子保育園」の園児たちだ。

 園児たちはT-52援竜やテムザック4とじゃんけん大会をしたり、センター内に置かれたロボットたちの動く姿を見学した。

 動くロボットたちは園児たちにとっても興味深かったようで、大いに楽しんでいたようだ。

 園児たちが帰った後、ベーダセンターの関係者が集まり、宗像大社の神官による開所の神事が執り行なわれた。

当日はベーダセンターの入り口にT-52援竜とプロトタイプのT-5が置かれていた 大きいだけに迫力のあるT-52援竜 アニメ「逮捕しちゃうぞ!」にも登場した、水圧で動くT-5。長い間、倉庫にしまわれていたらしい
入り口に置かれていたプレホスビタルケアロボット ムジローと操縦ユニット メンテナンスのため一時戻ってきていた、会津若松中央病院のロボットトリオ
リンク機構で歩行するWL-16RV 福岡城での歩行実験の様子 ハンガーに吊るされたままだったKIYOMORI
新型警備ロボットT-34 フラウンホーファー研究機構が開発したロボット台車VolksBot トリケラトプスの外装をつけたプロトタイプ番竜
T-52援竜の前に集まった「玄海風の子保育園」の園児たち ポーズを取る援竜 ベーダセンターの中に入ってきた園児たち
動いてしゃべるテムザックに興味津々 さすがに賑やかだった 番竜と遊ぶ園児
携帯で動くロボリアを囲んで PRロボットと KIYOMORIが動くところを見学
T-52援竜とじゃんけん。実は援竜はチョキしか出せないというオチが… テムザック4はパーとグーしか出せないと見せかけておいて、チョキを出す大技を(笑) 歩行デモを行なうKIYOMORI
最後にPRロボットからのお願い

 祭壇の横にはキヨモリなどのテムザックのロボットが置かれ、お祓いを受けていた。以前にも宗像大社はテムザックのロボットの安全祈願祭を執り行なったことがあり、この度の神事で唱えられた祝詞ではロボットのことを「青人草(古代の日本で人間のこと)の姿形」「からくり人の姿形」と言い換えていて、慣れたところを見せていた。

祭壇の横に並ぶKIYOMORIたち 参考写真。2005年12月12日に宗像大社祈願殿で行なわれたロボット安全祈願祭の1コマ 参考写真。2005年12月11日に宗像大社祈願殿の前でデモをするT-52援竜
ベーダセンター開所の神事 神事の参列者。ベーダセンターの関係者だけでなく、玄海ヘリクリニックの関係者も参列していた 祝詞奏上。ロボットという単語を「青人草(あおひとぐさ)の姿形」と言い換えているのが印象的だった
こうして見るとテムザック4も参列しているように見える 玉串を受け取る、フラウンホーファーIAIS研究所のトーマス・クリスタラー所長 トーマス・クリスタラー氏は合気道を28年間やっている日本通で、ロボカップのHibikino-Musashiの前身であるGMD-Musashiの名付け親でもある
研究者の研究室への入室はまだだった

 ベーダ国際ロボット開発センターは正直なところ、かなり交通の便の悪い場所に存在する(路線バスで一番近いバス停「牟田尻」から歩いても30分ほどかかる。江口までコミュニティバスもあるが1日に4便しかない。開発センターでは車での移動を前提にしているようだ)。

 移動するのにも時間のかかる場所だが、逆にそのような環境が新たな発想を生み、新しいロボットを生み出すことを期待したい。

夕方には近所の子供たちも遊びに来ていた 夕暮れのT-52援竜とT-5

大林憲司

2009/5/29 18:25

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