通りすがりのロボットウォッチャー

自律機械を活かす法律は?

Reported by 米田 裕

 セグウェイ、トヨタの「Winglet」、ホンダの「U3-X」は倒立振子制御を利用した新しい乗り物だ。

 ロボットに興味がある人なら、倒立振子といえば当たり前田のクラッカーというぐらいにどんなものだか知っていると思うが、ざっとおさらいしておくとしよう。

 振り子というのは、ひもや棒の先におもりがついていて、お祖父さんの大きな古時計なんかにもついていたりする。

 振り子の根もとを支点として、おもりを重心とすると、支点を中心にして重心がいったりきたりと動いているものだ。

 ちなみに、時計の振り子は振れるときにガンギ車を一歯ずつ回転させて時を刻む。夜中にカチ、コチ、と鳴る振り子の音が気になりだすと寝られないものだった。

 この振り子が、堅い棒についたおもりという構造だとしよう。それを、えいやっ、と手のひらの上で逆さまにしてみると、おもり(重心)が上にくるというとても不安定な状態になる。

 支点の位置が重心の真下であれば倒れることはない。そこで、手のひらを動かし、支点の位置を重心の真下へ持って行く。

 こうして逆さにしても倒れない振り子ができるというわけだ。

 この振り子を機械的、プログラム的に制御して倒れないようにしたのが倒立振子制御ということになる。

 これを乗り物に利用する利点は、一輪や二輪といった少ない車輪で、上に重たい物を載せて、倒れないように安定して移動できるということがある。

 一輪車や自転車といった一輪や二輪の乗り物は、人が乗ってバランスをとらなければ転倒してしまう。人と乗り物はセットでないとなりたたない。

 人がバランスをくずしたり、タイヤの接地面がすべったりすると転倒してしまう。

 転倒しないためには車輪の数を増やして、接地点を増やすことになる。三輪なら最低限自立はするが、カーブを曲がるときには不安定になる。

 四輪でもホイールベースが短いと転倒しやすくなる。そこで、三輪車でも四輪車でもホイールベースは長くしたいところだろう。

 最近のベビーカーで、三輪タイプのものはかなり全長が長い、エレベーターや電車に乗ってくると、スペース的にきびしいときがある。

 これが一輪や二輪であれば、狭い場所でもスイスイと入れるだろう。

 その時に、転倒しないためには、コンピューターと動力を使った自律的制御が必要になる。

 これがまぁ、倒立振子制御を使った乗り物が必要な理由ということになろう。

セグウェイが公道走行できないわけ

 倒立振子制御乗り物で、真っ先に世の中に登場したのは、開発コードネーム「ジンジャー」ことセグウェイだ。

 未来の乗り物としていち早く登場したセグウェイは、話題にはなったが、日本国内では今のところ公道で乗ることはできない。

 そのわけは、道路を走る車両には「道路運送車両法」という昭和26年に制定された法律があるからなのだ。

 道路運送車両法には、車両についての規定が書かれている。車両とは、自動車、原動機付自転車、軽車両のことだ。

 道路運送車両法第41条によれば、自動車には、操縦装置、制動装置、消音器その他の騒音防止装置、前照灯、番号灯、尾灯、制動灯、車幅灯その他の灯火装置及び反射器、警音器、方向指示器、後写鏡(バックミラーだね)、速度計、走行距離計など20項目にもおよぶ装置が完備されてないと道路を走ってはいけないことになっている。

 セグウェイは電動モーターで動き、二輪なので、自動車ではないように思えるが、警視庁が下した判断によれば自動二輪車であるという。

 となれば、自動車に準ずる装置が必要ということになる。必要なのは操縦装置、制動装置、前照灯、番号灯、尾灯、制動灯、車幅灯その他の灯火装置及び反射器、警音器、方向指示器、バックミラー、速度計ということになろうか。

 ライト類は取り付ければなんとかなりそうだが、制動装置、すなわちブレーキは付けることができない。

 倒立振子制御をするには、車輪を小刻みに動かし、支点と重心位置を鉛直方向にあわせる必要がある。車輪をブレーキで止めてロックさせてしまえば、倒立振子ではなくなり倒れてしまう。

 機構の根幹部分をいかんといわれてしまえば、これはもう倒立振子な乗り物として成り立たない。

 この道路運送車両法は昭和26年制定で、平成20年までの改正が反映されているが、法律を作った当時にはなかった乗り物への適用については玉虫色の部分もある。

 最近よくみかける高齢者用の歩行補助車ではどうなのだというと、こちらは道路交通法の第2条9~11の3によって、車両ではないことになっているので、道路運送車両法にはひっかからない。

 電動モーターで動き、かなりな重さがあり、時速6kmほど出る乗り物が、車両ではないというのは不思議な気もするが、歩行補助具であるとのことだ。

 トヨタのWingletや、ホンダのU3-Xは、最初から公道を走ることを想定しないで、施設内や室内での利用に限定している。

 そのために最高速度も時速6kmと早歩きといった速度だ。とはいっても、室内では歩けばいいのではないかと思ってしまう。

パーソナルモビリティがほしいとき

 一般的に乗り物がほしくなるのは、やはり歩くには遠い距離を移動するときだろう。

 都市部では住宅がどんどん近郊部へ広がり、交通手段のインフラが整備される前に宅地に家が建つ。

 知人の家は私鉄終点近くにあり、以前は駅からは徒歩でしか移動できなかったが、距離にして2kmちょっとあり、丘陵地帯なので上り下りもあった。知人宅に行くのに、なにかパーソナルな乗り物がほしいと思ったものだ。

 自転車がいちばん手軽だが、毎日そこを走るわけではなく、年に数回しか行かない場所では自転車を駅に置いておくわけにもいかない。

 折りたたみ自転車はどうよということになるが、折りたたみ自転車は、重さが8kg以下のものでないと持ち歩く気力がそがれてしまう。10kgを超えてしまうと日常的に持ち運びたいものではなくなる。

 公道を自走するのではなく、室内で使うことを想定しているWingletはType Sで9.9kg。ホンダのU3-Xは10kg以下とのことだから、ギリギリで持ち運んでもいいという重さだ。

 セグウェイは自重約50kg。これは持ち運べるものではない。自走すると考えると最高速度時速約20km、走行距離がx2シリーズで約14km~19kmというのは心許ない感じがする。

 セグウェイが登場したのは2001年。それから8年経ったが日本の道路交通法、道路運送車両法はセグウェイ用に改正されていない。

 横浜に特区を作り、セグウェイを歩道走行可能にしてほしいという話も出ているが、この場合は、最高速度の時速約20kmという速度に不安を感じる。歩道を走るものならば、最高速度は時速4km程度でないと怖い。

自律機械を信頼するか

 少々脱線したが、このセグウェイの公道走行という問題は、ロボットが世の中に普及していくときにも突き当たる問題のように思える。

 ハンドルがあり、アクセルやブレーキがあって、人間が操縦するものなら信用するが、コンピューターが制御をして動かすものは信用できないという考えが背景にありそうだ。

 機械式制御に代わって電子式制御が世に登場してから、まだ日が浅い。

 初期のマイコン制御の電気製品は挙動不審な動きをすることがあった。僕が1980年代後半に入手したCDプレーヤーは、さわってもいないのに、突然各部のランプが点滅し、トレイが開いたり閉まったりを繰り返した。見ていて笑ってしまったがマイコン制御の怖さも実感した。

 マイコン制御の製品は、ノイズや高圧電気、電波、はたまた宇宙線なんかの影響を受けるし、プログラムで動くものは、どこにバグが潜んでいるともかぎらない。

 人の命にかかわらないものなら、壊れて動く機械を見て笑ってもいられるが、人に危害を加えることができる大きさや重量や用途があれば話は別だ。

 自律したロボットを街中で自由に動かそうと思ったときに、新たな法律が必要となってくるだろう

 日本では、法律を作ることは国会でしかできないと聞くと、赤塚不二夫マンガのギャグで「国会で青島幸夫が決めたのだ」というフレーズを思い出してしまうが、国会議員たちはロボットに適用する法律に関して、なにか考えているのだろうか?

 ロボットが街中に登場するには、あと50年はかかるかもしれない。そのころ、現在の国会議員は国会にいないだろうから、考える必要はないということだろうか。

 日本は、ロボット立国をめざすというのなら、セグウェイが何モノであるかを規定し、公道を走ることができるよう既存の法律を改正するのか、新たに今後100年を見越したロボットの法律を作っていくのか、動きを見せてほしいものだ。

 セグウェイの道路走行に関しては世界中で法律的な問題が立ちはだかっている。日本でこの問題を解決できれば、ロボット立国として世界をリードしていく姿を見せることができると思うが、どうだろうか?


米田 裕(よねだ ゆたか)
イラストライター。'57年川崎市生。'82年、小松左京総監督映画『さよならジュピター』にかかわったのをきっかけにSFイラストレーターとなる。その後ライター、編集業も兼務し、ROBODEX2000、2002オフィシャルガイドブックにも執筆。現在は専門学校講師も務める。日本SF作家クラブ会員




2009/11/27 16:54