通りすがりのロボットウォッチャー

表情で伝わるもの

Reported by 米田 裕

 子供のころはよくいたずらをしたり、家にある電気製品を分解してしまうので、怒られることも多かった。

 親にとっては家にある電気製品を壊すどうしようもないガキだ。叱っておくべきものだろう。

 そうなると、子供側の心理としては、親の顔色をうかがう日々となる。機嫌がいいか悪いか、表情の微妙な差を読み取るというわけだ。

 機嫌の悪そうなときにはおとなしくしているし、ある程度のいたずらが許されそうなときにはやる。いま思えばやなガキだったね。

 そうしたこともあってか、学校へ行くようになり、だんだん学年が上がっていくと「おはよう、元気?」などと訊いてくる同級生に「顔色見て判断してくれよー」などという思いをいだくようになる。

 「元気~」とくると、「いや、今日は調子悪い」とか「まぁ元気な方」と答えるのが面倒なので、しゃべらない寡黙な子供となっていった。

 顔を見て「元気なさそうじゃん、どうした?」などと訊かれれば、「昨日は『ウルトラQ』が見たかったのに、親が野球見ててさー、『ウルトラQ』はどんな話だった?」などと答えることができたのに、そういうことはなかった。

 子供にとって、朝の学校での「元気ぃ~、ギャハハ」はただの挨拶の代わりで、本当に他人が元気かどうかという意味は関係なかったのだ。

表情がないと不安になる?

 赤ん坊も親の顔を見るが、人が他人の表情から何かを感じ取れるようになるには、心の成長を待たないといけないのかもしれない。

 最近の「空気読めない」は、言葉以外のコミュニケーション能力が未発達なために起こるのかも。

 表情から読み取る情報は、人が考えているよりも大きいものなのかもしれない。

 ポーカーといえば大人の勝負事で、よく映画のシーンにも使われるが、相手に手の内を読まれないように無表情を装うことをポーカーフェイスという。

 顔で手の内がばれてしまうということは、それだけの情報を発信していることになる。もっとも、いい手か悪い手かぐらいだろうけど。

 また、人によってはウソをつくときに鼻の穴がふくらんでしまうなど、顔の部分の少しの変化で考えをさらけだしてしまうこともあるだろう。

 そうした細かな違いも、顔に限れば人間は読み取ってしまう。動物時代から延々と続く防衛本能から顔の少しの変化がわかるのかもしれない。

 さて、ロボットでは言葉や身振り以外でコミュニケーションをとろうすると、やはり表情でディスプレイすることになると思うが、現在は表情を作り出すロボットは少数派だ。

 ASIMOは顔に見える頭部のタイプもあったと思うが、そちらは不評なので、今の宇宙服ヘルメットタイプに落ち着いたという。

 まー、ほとんどのロボットには顔がないか、顔があっても成型物で固定されたものだ。

 そうしたロボットが近寄ってくると、やっぱり何考えているのかわからないので不安になるのもわからないではない。

 人間でも、無表情な人が近寄ってくると「なんだなんだなんだ?」という感覚になる。

 それじゃってんで、古くは東京理科大の小林研究室で、シリコン製のリアルな人物の顔の各部をひっぱって表情を作る研究をしていたりするし、アクトロイドや産総研のHRP-4Cなんかは、人間に近いリアルな顔に表情をつけているわけだが、表情的にはビミョーな感じだ。

 人間に近いリアルな顔だと、実際以上に顔の部分が動くと不気味になるし、かといってわずかな動きでは表情の判断がむずかしい。人間の顔のように細かく各部に筋肉を入れることが大変なので、表情から伝わるものが少ないように思えるのだ。

感情を顔と動作で表現する

 早稲田大学高西研究室では、1995年から「情動表出ヒューマノイドロボット WE-4R」の研究をしている。

 WE-4Rは顔だけでも22自由度がある表情を作り出すためのロボットだ。実際には腕や腰、胸の呼吸までも再現をして、人間とのコミュニケーションを円滑に行なおうとする。

 上半身だけしかないが、同じ早稲田大学には「WABIAN-2」という二足歩行ロボットがある。この「WE-4R」と「WABIAN-2」を合体させたのが「KOBIAN」だ。コビアンと読む。名前の由来は不明だが、なかなかトレビアンなロボットである。

 表情を作り出す装置があるためか、頭部は前後に長い。その昔、CD-ROMアドベンチャーゲームのはしりとなった『スペースシップ・ワーロック』に出てきたバーテンロボットだったか、受付ロボットだったかが、こんな風に前後に長い頭をしていたっけ。

 そして、パソコンパーツの冷却ファンがどどんと見える。よく見慣れたものなので親近感は抜群だ。

 よく見ると、この冷却ファンは肩の関節部分にもあるし、背中側の内部にもある。だいぶ熱を持つんだろうか?

 その背中のバックパック? はかなり巨大だが、ちゃんと二足歩行するので、重たくてもバランスはちゃんととれているということですな。

 腰には回転軸があり、上半身に比べればスリムな脚部分がある。全身のバランスとしては五頭身といったとこだろうか。

表情は記号でもある

 さて顔である。顔には線状のスポンジの眉毛と、丸い眼球にまぶた。唇には同じく赤い線状のスポンジがついている。人間のように皮膚はないので、可動部分のパーツごとに分割されたラインが見える。

 動いてないときには機械っぽいが、表情があらわれると印象が一変する。あきらかに人間くさくなるのだ。

 皮膚もなく、可動パーツの形状も人と違うが、わかりやすい表情を作ってくれる。

 これはたとえば、マンガのなかの登場人物の感情表現のために、カリカチュアしデフォルメした表情の描き方に通じるものがありそうだ。

 絵では、眉と口で大半の感情を表現する。眉尻を上げれば怒っているようになるし、下げれば悲しく見える。

 下向きの半円状の眉なら困っているといった具合だ。

 口も大きく開けたり、口角を上げたり下げたりすることで、かなり感情を表現できる。

 そうした絵的な表現が「KOBIAN」では使われているようだ。

 それと全身の動きの組み合わせに妙がありそうだ。「驚く」では両手をあげたり、「泣く」という表現になると、片手を顔に当てて全身で表現をする。これはパントマイムの型も取り入れているといっていいだろう。

 表情と動作で秀逸なのは「嫌がる」という表現だ。なんだか、一週間はきつづけた臭~い靴下を目の前に出されたときの反応のようにも見えるが、こりゃ閉口しとるなというのがすぐに伝わってくる。

 思わず笑っちゃう表情と動作だ。

感情は外界からの刺激で生まれる?

 KOBIANの頭部部分に搭載されたWE-4Rのオリジナル版では、各種センサー類で外界のことを検知し、ロボット内部に心理モデルを構築しているという。

 その心理モデルへの外界からの入力により、そのときの情動が方程式から導かれ、感情を作り、表情として表現するという。

 KOBIANではどうなっているかは、今のところ説明がないようなので不明だ。作られたパターンを再生しているだけかもしれないし、感情モデルを持っているのかもしれない。

 だが、ロボットが感情を表現するために、表情と動作を使って表示をしてきても、本当にロボットに感情があるのかどうかはわからない。

 たぶん確認する術はないと思う。

 電子の流れと演算、制御された出力によるアクチュエータの可動ということになるが、そこに感情を見いだしてしまうのは人間のなせる性なんだろう。

 作りこまれたプログラムによる感情が、本当の感情なのかとか、いろいろと議論の対象となっていくだろうけど、わかりやすい表情で感情表現してくれるロボットには親近感がわいてくる。

 いつかはロボットと、別個の知性として話し合える日がくるといいものだ。


米田 裕(よねだ ゆたか)
イラストライター。'57年川崎市生。'82年、小松左京総監督映画『さよならジュピター』にかかわったのをきっかけにSFイラストレーターとなる。その後ライター、編集業も兼務し、ROBODEX2000、2002オフィシャルガイドブックにも執筆。現在は専門学校講師も務める。日本SF作家クラブ会員



2009/5/29 00:00